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14.8-32 試験32

 ジョセフィーヌの所に入ってくる情報は、この世界基準で言えばかなり早いほうである。たとえ数百キロ離れた隣国の情報でも、2、3日で届くというのは、インターネットも電話も無線機も無く(?)、手紙によってやり取りすることが基本のこの世界においては、速達以上の速さだと言えた。例えるなら、江戸時代において、江戸の役人が大阪以西で起こった事件を把握するようなものである。尤も、この世界には転移魔法があるので、中世以前日本とは違い、ショートカットが可能なのだが。


 それはさておき、数日遅れでエムリンザ帝国が滅びそうだという連絡を受け取ったジョセフィーヌたちは、嬉しさ1/3、心配1/3、恐怖1/3といった様子で報告書を確認していたわけだが、彼女たちは他の報告書にも目を通して、唖然とすることになる。


 具体的には、公都についての状況報告だ。公都にも協力者がいて、公都の状況を1日遅れで毎日伝えてくるのだ。ちなみに、手紙を届ける方法は、転移魔法ではなく、伝書鳩もどきの伝書魔物を使った航空便(?)である。


「公都で混乱が発生……一部の民が暴徒化して、城の兵士たちと衝突……」


 一体何が起こっているのか……。ジョセフィーヌが報告書を捲ると、より細かい説明が目に入ってくる。


「現政権のやり方に市民対の間で不満が募っていた所に、町を謎の怪現象が遅い、市民たちのストレスが爆発した……。なるほど。これはあの船……エネルギアの攻撃の事を言っているのでしょうね」


 ミッドエデンの空中戦艦エネルギアが放った威嚇射撃。それが公都の上空を通過した際、公都を激しい轟音と衝撃波が包み込んだのである。そんな異常事態に対し、現政権が取った対応策は、何かをするわけでもなく、ただただだんまりとしていただけ。それが市民たちの反感を買い、内乱が発生してしまったらしい。


「これはご愁傷様としか言いようがないですね」


 自分が対応していたとしても、出来る事は無く、恐らく結果は同じだったはず……。そう考えたジョセフィーヌは、自分を追い出した現政権が可哀想に思えたようである。まぁ、一瞬だけの話だったようだが。


 そんなジョセフィーヌに近衛騎士団長のバレストルは言った。


「陛下はこの期をどうお考えでございましょう?」


 ようするに彼は、公都を取り戻すか否かを問いかけたのだ。公都が今混乱状態にあるというのなら、取り戻すことも一つの手ではないか、と。


 そんなバレストルの思考に気付いていたジョセフィーヌは、しかし首を横に振って否定する。


「いえ、まだです。まだその時ではありません。今、協力者たちに声を掛けて公都に戻れば、大きな衝突に発展することでしょう。その時に民を傷付けたり失ったりするわけにはいきません。私たちは公都に戦争を仕掛けに行くのではなく、胸を張って凱旋をしに行くべきなのです」


 ジョセフィーヌはそう口にすると、一旦椅子から立ち上がり、レストフェン大公国の地図が飾られていた壁へと近付いて、そして地図を眺めながら、再び口を開いた。


「現状、私に味方をしてくれる勢力は、未だ国内の3割ほど。無血で公都を取り戻すことを考えるのなら、5割……いえ、7割は勢力を確保しなければなりません。そのためには根回しが必要なのです」


 そんなジョセフィーヌの目標に対し、バレストルが問題点を指摘する。


「しかし、その根回しには、圧倒的に資金が足りません。3割の味方勢力だけでは、彼らにも領地を守るという役目がありますから、無理な資金提供を依頼することは不可能です。そんなことをすれば、余計に離反してしまうことでしょう」


 その指摘に対し、ジョセフィーヌは当初、何かを考え込むように俯いていたが、何かを決めたように顔を上げて、そしてこう口にした。


「……つまり、私たち自身で、資金やその代わりになるものを用意するしか無いと言うことですね」


 その発言を聞いたバレストルは目を見開く。現状、ジョセフィーヌたちに、大量の資金を集める方法は無く、その上、兵力も限られているのだ。なら、どこから資金や兵力を集めるのか……。バレストルには、その出所が、ただの1箇所しか思い付かなかったらしい。


「陛下……まさか……!」


 バレストルが問いかけようとすると、ジョセフィーヌは重々しく頷いた。


「ミッドエデンに——」


「ミ、ミッドエデンに、資金援助と兵力援助を頼むのですか?!」


 そんなことをすれば、ミッドエデンの属国になってしまう……。そんな懸念を副音声に乗せてバレストルは声を上げるのだが……。どうやらジョセフィーヌの考えは、少し——いや大きく違ったようである。


「いえ、ミッドエデンに対し、工学と魔道具についての相互に技術の情報交換が出来るような条約が締結できないか打診してみる、というのはどうかと思ったのです。それで、私たちで何か売れるものを作り、資金を稼ぐ……。先日のミッドエデンの技術を見た後だと、それが簡単にできるような気がしてならないのです。既に後ろに戻れないのなら、誰も歩いたことの無い新しい道を歩むしか無い……。そうは思いませんか?バレストル」


「…………」


「……?どうかしたのですか?」


「……いえ。陛下は随分変わられたと思いまして……」


 自分たちの大公は、いつの間にモノづくり精神に目覚めてしまったのだろうか……。そんな疑問を抱くバレストルだったものの、当のジョセフィーヌはあまり気にしていないのか、それとも自覚があるのか、バレストルの発言に明確に答えず、あれこれと考えを巡らせ始めた。


「この先の未来を考えるのなら、我が国も技術立国になるべきでしょう。さて、手始めに、何を作りましょうか……」


「(陛下……)」


 一応、追い詰められている状況にあるはずなのに、それを気にした様子のないジョセフィーヌを前に、バレストルはなんとも表現しがたい複雑な表情を向けるしかなかったようだ。


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