14.8-30 試験30
「(……はっ?!あ、危なかったわ……。まさか、自動計算機能を停止するだけで思考の大半が止まるなんて……)」
ワルツの思考が自動再起動する。もしも自動的に再起動する機能がなければ、彼女は今頃、脳天気状態が継続して、二度と元にもどれなかったに違いない。
「(でも、ちょっと待ってよ?ってことは、数学の問題が解けないってこと?)」
自動計算機能が停止できないということは、つまり数学の問題を解くために必要な途中の計算式が書けないことではないか……。そのことに気付いたワルツの脳裏から、サーッ、と血の気(?)が引いていく。
そんな彼女の姿をルシアたちは傍から見ていたわけだが、突然奇声を上げて幸せそうな表情を浮かべたり、蒼顔状態で頭を抱えたりするワルツの事を見ても、アステリア以外はあまり驚かなかったようである。ワルツの事なので、大したことではないと判断したらしい。ちなみに、最初こそ驚いて、尻尾を膨らませていたアステリアも、ルシアたちが静かに首を振っている様子を見て、気にしないことにしたようだ。
そうこうしているうちに、教室へとハイスピアがやって来る。
「さぁ、再試の時間です!皆さん、準備は良いですね?」
「(ど、どうする私……!)」
ハイスピアの呼びかけを前に、ワルツは挙動不審になった。ルシアもアステリアもポテンティアもそう。皆、ソワソワとした様子で、問題用紙と解答用紙が配られるのを待つ。
いつも通りに落ち着いていたのはテレサくらいのものだ。まぁ、彼女の場合は、落ち着いていたと言うよりも、達観していた——あるいは諦めていたと言った方が良いかも知れないが。
そして——、
「試験を始めて下さい」
——再試が始まった。
◇
「「……」」げっそり
『「「〜〜〜♪」」』
午前中の内にテストが終わった5人は、帰宅の途に付いていた。結果が出るのは明日の朝。それまでは実質休みである。
テストが終わった後の5人の表情は半分に分かれていた。ワルツとテレサがゲッソリフェイスを浮かべ、残る3人が晴れ晴れとした表情を浮かべていたのだ。テストの結果はまだ出ていないが、どんな状況なのかは明らかだと言えるだろう。
「もう……意味わかんない……」げっそり
「倫理のテストじゃなくて、嘘つきのテストなのじゃ……」げっそり
グタァ……
ワルツとテレサがゾンビのようにおぼつかない足取りで陸橋を歩いて行く。
そんな2人を見て、ルシアが心配そうに2人に対して質問した。
「お姉ちゃんたち、そんなにダメだったの?」
それに対し、ワルツとテレサがそれぞれ答える。
「……すごく自信無い……」
「……嘘をつけておるか心配なのじゃ……」
「んー、とりあえず、テレサちゃんのは、しょーもないから置いておくとして」
「ちょっ?!しょうもないって……ひ、酷いのじゃ。妾だってふざけておるわけではないというのに……」
と、口を尖らせて抗議するテレサの事を、しかしルシアは容赦無くスルーする。
「お姉ちゃんが赤点を取ったテストって、数学だよね?算数って言ったっけ?」
「多分、算数寄りの数学よ?まぁ、どっちでも意味は変わらないけど……」
「何がダメだったの?」
また途中経過が書けなかったのか……。ルシアは心配そうに問いかけるが、どうやら今回、ワルツは、違う理由で自信が無かったらしい。
「一応、途中経過は書いたわ?(自動計算機能を止めてね?)だけど、すっごく自信が無いのよ。数式を書こうとすればするほど、答えが分からなくなっちゃって……」
「あ、うん……ごめん。ちょっとよく分かんない……」
「そうよね……分からないわよね……私も分からないもの……」
テスト中、ワルツは何度も自動計算機能を停止しては再起動する、という行動を繰り返していた。完全に停止すると元に戻れなくなる可能性があるので、一時的に機能が停止している間に自力で計算しようと考えたのだ。
しかし、自動計算機能が無いワルツは、論理的思考が出来なくなり、簡単な計算を解くのも難しかったのである。ゆえに、彼女には自信が無かったのだ。……ちゃんと計算が解けているのだろうか、と学生らしく。
「ま、明日まで待つしか無いわね」
「そうそう!今日はもう学校が終わりなんだから、何かして遊ぼう?」
とルシアが口にしたところで、テレサがツッコミを入れた。
「ところでア嬢?お主、薬学の実技がダメではなかったかの?追試はどうしたのじゃ?」
そんなテレサの問いかけに対し、ルシアは答えるのだが……。その際の彼女は、とても良い笑みを浮かべていたようである。
次回、ハイスピア殿、毒物を飲まされ三途の川を渡る。
……かも知れぬのじゃ。




