14.8-26 試験26
『……人が生きている以上、技術の発展は必ずあります。でも、この大陸では、少なくとも千年以上は進展が見られません。しかし、そのような事は、人の文化としてありえるのでしょうか?何かしらの抑止力が働いているからなのでは?そう考えると、多少の技術が漏れたところで、大した問題にはならないと思うのです』
ポテンティアはワルツが一番気にしているだろう事を問いかけた。この世界の根幹に関係する疑問だ。
数千年、あるいは数万年に渡り、日本語が全世界の標準語で使われており、言葉の壁は無いというのに、文明に発展が見られないというのはおかしな話だった。この世界にずっと暮らしていれば、その異常な状況に気付くのは難しいかも知れないが、ポテンティアはこの世界の外側の存在であるワルツたちとの繋がりがあったためか、大きな違和感として気付くことが出来たようである。
対するワルツは、反論する言葉を失い、だんまりとしてしまう。彼女はそのことに気付いていなかったわけではない。気付きたくなくて思考を停止していたのだ。これまでの前例を考えるなら——この大陸にも、恐らく女神デプレクサのような管理者と言える人物がいて、文明の制御を行っているのだろう、と。
考えたくないことを無理矢理に思い出されてしまったワルツは、少し不満げな様子でポテンティアのことをジト目で見つめつつ、2つの選択肢に考えを巡らせる。
「(いつかデプレクサみたいに襲撃してくることを想定して、機動装甲の製作を進める?それとも、目立たないようにコソコソと学生生活を送る?)」
短い時間における学院やレストフェン大公国のことを考えるなら、後者を選ぶのが最適だと言えた。誰も傷つく事が無いからだ。ただしその場合、ワルツたちは、人目に付かないよう常に全力で行動しなければならなくなるのが対価だが。
ワルツたちがレストフェン大公国における客人であることを考えるのなら、大人しくしていることが、やはり望ましいと言えた。彼女たちはレストフェン大公国の国民ではないのだから、レストフェン大公国の国や民を危険に巻き込むというのは避けるべきだからだ。
そこまで考えたワルツは、しかし、考えをふと改める。
「(そっか……。技術の管理をしようとしている時点で。やってることは私たちも同じか……。多分、この大陸にいる管理者?も、私たちと同じ事を考えて、敢えて停滞の道を選んだのでしょうね。きっと)」
姿の見えない管理者(?)も、あるいはワルツたちも、やっていることは基本的には同じ。ならばと、最初の設問に立ち返ったワルツは、一つの結論に達する。
「……やっぱ、方向転換。ある程度、技術の開示をする方向で行きましょう」
『「「「「えっ」」」」』
「よくよく考えてみたのよ。さっき、この国の技術を管理する存在がいないから技術の氾濫が起こるんだ、って言ったけど、ポテンティアの話で気付かされたわ?この国……っていうか、この大陸になるのかしら?文明の発展を制御する何者かの存在があるって」
『えっ?いや、さっきの話、適当に言っただけなのですが……』
「おそらく、間違いないわ。地球……とある文明の話に照らし合わせれば、1000年も人が進歩しないとか、絶対にありえないもの。多分だけど、その内、その管理者を気取っている人物が、私たちの所に顔を出すはずよ?あまり技術を広めすぎると歯止めが効かなくなるからやめてくれ、って(それか、私がガーディアンだってことに気付いて、攻撃してくるか……)」
技術を広めようとするか、あるいは世界のバランスを大きく壊すようなことをすれば、遅かれ早かれ、管理者(?)からの接触があるはず。その際は、戦闘に発展する可能性が少なからずあるはずで、管理者(?)との戦いを生き残ることを考えるなら、早期に機動装甲を再構築する必要がある……。このままひっそりと学生生活を送り、ある日突然、目の前に管理者(?)が現れたとき、準備不足でやられるのか、それとも打ち負かすのか……。ワルツはそこまで考えて、技術供与を決めたようである。管理者(?)と自ら対峙する選択肢を選んだのだ。
ちなみに、ワルツの頭の中には、安全なミッドエデンに帰って、機動装甲を製作するという選択肢は無いようである。学生で居続けたいのか、自動杖の技術が欲しいのか、あるいは他に特別な理由があるのかは不明だが、学生をやめるという選択肢だけは無かったようだ。
「……というわけで、ハイスピア先生?技術供与の話って、学院長先生からもお願いするように、って言われているのですよね?今の話、掻い摘まんで、学院長先生に伝えて貰えますか?」
とりあえずポテンティアが言っていたように、森の中に葉を隠すために、技術卿は行う。しかし、その旨を、またマグネアの前で説明は面倒臭い……。結果、ワルツはハイスピアに丸投げする事を決めたようである。
しかし、対するハイスピアは、どういうわけか——、
「…………」
——身動き一つせず、固まっていたようである。それはもう、石像や銅像のごとくだ。金槌か何かで叩けば、カーン、と音がなるに違いない。
『「先生……?」』
ワルツとポテンティアが訝しげに問いかけると、ハイスピアはやっとの思いで口を動かして、そして内心を吐き出した。
「ま、ま、ま……っ!」
「魔ママ?」
『いえ、魔馬間かも知れません』
「ごめん……自分も含めて、ちょっと何言ってるか分からない……」
「ま、まさか……神様と喧嘩をするつもりなのですか?!」
どうやらハイスピアにとって、ワルツとポテンティアの会話は、この国で崇められている神と戦うかのように聞こえていたようである。……まぁ、ある観点から見れば、紛れもない事実なのだが。




