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14.8-18 試験18

 ハイスピアは、壊された的の代わりを準備している間、珍しい事に、冷静な思考を取り戻していた。大分、ワルツたちに慣れてきていたこともあり、混乱から回復までの時間が大分早くなっていたらしい。あるいは、高価なミスリル製の的を、生徒たちに片っ端から壊された結果、開き直って正気に戻った、と言った方が良いかも知れない。


 そしてもう一つ。彼女が正気に戻ってしまう理由が存在した。複数ある理由の中でも一番大きな理由だ。


「(何でしょう……この胸騒ぎは……)」


 この試験がただでは終わらない……。ハイスピアはそんな予感に襲われていたのだ。


 とはいえ、ハイスピアの中から消されたルシアの魔法についての記憶が戻っていたというわけではない。テレサの言霊魔法による記憶消去を自力で破るのはほぼ不可能だからだ。


 ハイスピアが感じていた予感。それは(あまね)く生物たちが備えているもの。"本能"が感じる恐怖によるものだった。


 彼女は、身体のどこかで、ルシアの身体の中にある"何か"を感じていたのである。この世界にあるすべてのものを消し飛ばしてもなお、おつりが来るほどの強大な魔力の存在だ。ルシアの身体の中にある魔力は、テレサが普段から幻影魔法により隠蔽しているため、他者に感じられるものではないが、チリチリとした痛みとも痒みとも言えない何かが、ハイスピアの額の辺りで弾けているように感じられていたようである。


 しかし、その正体はハイスピア自身には分からず。彼女は得も言われぬ不安を抱えながら試験の準備を続け……。そして、的の設置を終えた。


「では、次は……ルシアさんの番です」


 その一言を口にすることに戸惑いのような、あるいは引っかかりのようなものを感じながら、ハイスピアはルシアに向かって呼びかけた。


 対するルシアは、何か不明な点でもあったのか、ハイスピアに向かって問いかける。


「先生!この魔法の試験で壊してはいけないものって何でしょうか?」


 どうやらルシアは、壊してはいけないものを避けて、魔法を放つつもりらしい。


 そんな彼女の問いかけに対するハイスピアの回答は早かった。


「全部です」


「えっ」


「すみません、正しくは、的以外のすべてです。地面を含めて、的以外のものを壊せば、減点の対象にします」


 ハイスピアは自分でも理解出来ないほど、厳しい条件をルシアに課した。魔法攻撃によって地面が抉られるのは多々ある事なのである。ゆえに、本来は地面を抉った程度で試験の点数が引かれることは無いのだ。


「(理由は分からないですが、ルシアさんが魔法を使う時は、気を抜いてはいけない……そんな気がしてならないんですよね……)」


 ハイスピアにはルシアの魔法の記憶が無いものの、今ここでルシアに釘を刺しておかなければいけないという不安に駆られていたようである。彼女の直感が警鈴を鳴らしていたのだ。


 対するルシアは、不満げな様子だった。


「的以外は減点って……他の人たちとかは地面も壊してるのに、私だけはダメなんですか?(特にテレサちゃんとか、滅茶苦茶だったよね?)」


 ルシアが使う魔法は、ほぼすべてが広域殲滅魔法クラスの大出力魔法ばかりなのである。的だけ壊すというのは至難の業だった。


 結果、無駄にテストの難易度を上げるハイスピアを前にルシアが頬を膨らませていると、ハイスピアが少しだけ妥協する。


「地面を漕がすくらいなら、減点対象にはしません。ですが、破壊するのはダメです」


「んー、まぁ、それならいっか……」


 ルシアは渋々、条件を受け入れることにしたようだ。というのも、彼女には丁度良い魔法があったからだ。


   ブォンッ……


 ルシアの目の前に光球が浮かび上がる。小さな人工太陽だ。


 その姿は、火魔法のように荒々しくなく、また、ジリジリと照らしつけてくるものでもなかった。まるでランタンのように優しげな光を放つ魔法だった。それゆえか、周囲でルシアの魔法を見ていた者たちの反応は——、


「あ、図書館でたまに見かけやつだ!」

「あいつの魔法だったのか」

「すげぇ、自由に操れるのか!」


——などと感想を口にしており、恐怖とは無縁の感情を表情に浮かべていたようである。


 尤も、この瞬間までは、という条件付きだが。


「じゃぁ、行きます」


 ルシアが指先を的の方に向けた、次の瞬間——、


   キィィィンッ!!


——光球が凄まじい速度で的に当たり、そして、猛烈な光を発し始めたのだ。


 それも、耐熱製に優れているはずのミスリル製の的が、ジュワッと音を立てて蒸発してしまうほどに。


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