6前-16 嵐編2
「来たよ?」
ルシアが議長室の扉を開けると、議長専用デスクの後ろにあったテラスへの大きな窓が開いており、暖かな風が吹き込んできた。
そこから見える中庭には、色とりどりの花々。
そして王都、それに周りの山々で青々と輝く木々が、ミッドエデンの豊さを物語っていた。
まさに、楽園とはこういった国のことを言うのかもしれない・・・。
・・・まぁ、それも、王都の外に鎮座する700m角のモノリスを除けば、の話だが。
「あれは、ルシアちゃんが運んできたんですか〜?」
テラスから周囲の景色を眺めていたコルテックスが、モノリスを見て、言葉を投げてくる。
「うん。お姉ちゃんがわざわざ鉱山に行って石を取ってくるのは大変かなぁ、って思って、山ごと持ってきたの」
「そうですか〜。やっぱりあれ、山だったんですね〜・・・」
ウエストフォートレスの通信手から、街の南西にある火山が突如として消えたという報告を受けていたコルテックスは、ルシアの言葉に、目の前にあるモノリスの原料が何なのかを悟った。
「今度、山を消すときは、事前に言ってくださいね〜?地図を書き換えるのが大変なんで〜」
「うん、分かったよ」
コルテックスの言葉に、軽い返事を返すルシア。
ところで。
そんなやり取りを黙って聞いている者が、部屋の中に一人いた。
ボレアス帝国の使者、雪女のユキである。
どうやら、部屋を閉めきっていると寒くなってくるので、窓を開けていたらしい。
「・・・」
・・・ユキはむしろ、黙って、ではなく、絶句して、2人の話を聞いていたようである。
「あっ、ユキちゃん。こんにちわ」
諸事情により背格好が近くなったユキとルシアは、事あるごとに何度か顔を合わせていたので、既にある程度親しくなっていた。
毎回、ルシアがコルテックスの所に遊びに来る度に合っていれば、必然と仲も良くなるだろう。
「・・・ルシア様って、実は魔王だったり魔神だったりしないよね?」
「あ!ダメだよ?ユキちゃん。この前、『ルシア様』じゃなくて『ルシアちゃん』って言ってって、言ったじゃん!」
「・・・ルシアちゃん」
「うん!・・・で、何の話だったっけ?」
「いや、何でもないです・・・」
11歳の狐娘に翻弄される200歳代の雪女の図である。
「・・・では、ルシアちゃんを呼んだ理由についてお話しますよ?」
テラスから戻ってきたコルテックスが口を開いた。
「恐らくお姉さまから依頼があったと思いますが〜、ルシアちゃんにはボレアス帝国への使者を努めてもらおうと思います」
「えっ・・・」
コルテックスのその言葉が初耳だったのか、ユキが固まった。
「あれ〜?何か問題がありましたか〜?」
コルテックスが頭を傾げながら、ユキに問いかけると、
「いや、随分と若い使者さんだな〜って思って・・・」
と、今の自分の容姿を棚に上げて、固まっていた理由を口にした。
もちろん、そんな彼女の口振りにルシアが納得するわけがなく、
「むーっ・・・。心外だよ〜?ユキちゃん・・・」
頬を膨らませながら、抗議の言葉を口にした。
すると、
「ルシアちゃん?世間一般的には、ルシアちゃんくらいの女の子が国を代表する使者になるという話は・・・・・・殆ど無いので、我慢してくださいね〜?」
背格好が近い議長(代理)が、自分の国の議長(本物)と、隣の小国にいるという国王を思い出しながら、ルシアを宥める。
「んー、そうだよね・・・。コルちゃんもテレサちゃんも、それに私もだけど、お姉ちゃんがいなかったら、本当はここにいないんだしね・・・」
「・・・そうかもしれませんね〜」
「分かったよ?コルちゃん」
そしてルシアはユキの方を振り向いた。
「だから、ユキちゃん。まだ右も左も分からない小娘ですが、どうぞよろしくお願いします」
そう言って頭を下げるルシア。
・・・なお、実際に左右が分からなくなることが、あるとか無いとか・・・。
「えっと・・・そんな固くならなくても・・・。ただ、驚いただけなんです。それに、ボクだって、たまに『この小娘がっ!!』って、ボレアスの周りにいる魔王から言われますからね・・・」
『・・・』
妙にリアルな再現に、思わず言葉を失うルシア。
一方コルテックスの方は何やら、仲間を見つけた!、といったような様子で、嬉しそうな視線をユキに向けるのであった。
「・・・では、ユキ様。ルシアちゃんのビクセンまでの同行、お願い致しますね〜?」
「はい。心得ました」
「それとですけど・・・」
と、コルテックスが何かを言おうとした時、
『失礼します』
ユリアとシルビアが現れた。
「・・・この2人がルシアちゃんの補佐として同行するので、そちらの方もよろしくお願い致します」
「はい。構いませんよ」
ユリアとシルビアに視線を向けながら同行者の話を口にするコルテックスと、それを快諾するユキ。
『・・・え?』
・・・そして、話しについていけず、固まるユリアとシルビア。
「あの、ワルツ様の話だと、私は使者じゃないって話でしたよ?」
「えぇ〜。正確には使者ではありませんが、ルシアちゃんの護衛と、シリウス様への仲介役をやっていただくと助かります」
「あ、はい。分かりました。そっかぁ・・・こんなに早く里帰りできるとは思ってなかったなー・・・」
そう言いながら、ユリアは笑みを浮かべた。
「では、私は、いつも通り先輩の補佐ということですね?」
「はい、そうです。業務内容は普段と変わりません。シルビア様はユリア様の補佐に付いて、ミッドエデン、あるいはその使者に害を為そうとするものを、サーチアンドデストロイでお願いしますね〜」
『ハッ!』
・・・コルテックスの言葉に、姿勢を正して敬礼するユリアとシルビア。
所謂、最上位命令というやつである。
「・・・」
そんな3人やり取りを見て、ユキは・・・・・・どういうわけか、微笑みを浮かべていたのであった。
ボレアス帝国使節会議(?)を終えて、議長室からルシア、ユリア、シルビアの3人が出てくると、最初に口を開いたのはユリアであった。
「んがーーー!!」
・・・どうやら壊れかかっているらしい。
「ど、どうしたのユリア?!」
あまりいい印象を持っていないとはいえ、目の前で壊れ始めたユリアに、戸惑いの表情を見せるルシア。
するとシルビアがフォローする。
「あー、ルシア様?今は先輩のこと、放っておいてあげて下さい」
「何かあったの?」
「んー、むしろ、何もないのが問題というべきですかね?・・・う、うはっ・・・わ、私も・・・」
そう言いながら、何やらハンカチを自分の鼻に当てて、恍惚な表情を見せるシルビア。
「・・・うわぁ」
ルシアは、ユリアやシルビアの様子に、思わず引いた。
・・・彼女達が、所謂禁断症状を発症していることを悟ったのである。
「・・・いつから、お姉ちゃんに会ってないの?」
「えーと、3日と6時間21分・・・32秒ですね」
ワルツやテンポ並みの精度で答えるシルビア。
そろそろ、人間を止めて、ホムンクルスかアンドロイドになると言い始めてもおかしくないのではないだろうか。
「やっぱり3日会ってないんだ。・・・多分、お姉ちゃんは今・・・アルクの村に行ってると思うよ?」
『・・・え?』
「大っきなくりーんるーむはあそこにしか無いから。それに、誰かに邪魔されたくないと思うし・・・」
『・・・』
・・・自覚があるのか、押し黙るユリアとシルビア。
「できれば、そっとしておいてあげてね?」
「・・・はい」
「分かりました・・・」
ルシアの言葉に、シュン、としながら2人は言葉を返すのであった。
ここで話題が変わる。
「それはいいとして、2人共、使節の件、よろしくお願いします」
そう言ってルシアは2人に頭を下げる。
「えっ・・・、いや、これも仕事ですから・・・」
「先輩の言う通りです。最後まで責任を持って・・・」
突然のルシアの行動に狼狽えるユリアとシルビア。
そんな彼女達の言葉を聞いてルシアが、
「ううん、そうじゃないの。ユリアお姉ちゃんに、シルビアお姉ちゃん」
一見すると、なんということはない言葉を口にした。
だが・・・
『!?』
ルシアから、まさかお姉ちゃん発言が出るとは思っていなかった2人が、驚愕の表情を浮かべる。
・・・そう、彼女達も、ルシアが自分たちのことを良く思ってはいないことは、薄々感じていたのである。
もちろんそれは、自分たちの行動に原因があったことを分かっていたので、甘んじて受け入れていたことは言うまでもないだろう。
「私ね、自分の行動に至らない部分があるって分かってるの。だから、この旅で、ユリアお姉ちゃんやシルビアお姉ちゃんに迷惑を掛けることがあるかもしれないから、今の内にその分もお願いしておこうかなって思って・・・」
「ルシア様・・・」
感極まって、目尻に涙を浮かべるユリア。
「あ!みんなに言ってるけど、私のことを様付けで呼ぶんじゃなくて、『ルシアちゃん』って呼んでよ?」
「えっ・・・いいんですか!?」
・・・どういうわけか、シルビアが驚きの声を上げる。
「うん、もちろん!」
「で、では早速・・・る、ルシアちゃん・・・」
「はい、シルビアお姉ちゃん!」
「・・・ぶはぁっ!」
その瞬間、シルビアが鼻血を出して倒れた・・・。
「えっ?!」
驚愕の表情を浮かべるルシア。
そんな彼女に、シルビアは言った。
「あ、大丈夫、大丈夫!後輩ちゃんなら問題無いから、私の名前も呼んでくれる?ルシアちゃん」
「えっ・・・う、うん・・・。ユリアお姉ちゃん?」
「・・・す、すごい破壊力・・・」
・・・そして、どういうわけか、ユリアからも鼻血が出てきた・・・。
「えっ・・・え?!な、何?」
「いえ・・・何でもないですよ?さ、後輩ちゃん!いつまでもそこで悶ぜt・・・寝てないで、旅の準備をしましょ?」
「は、はい。そ、それではルシアちゃん。また後で・・・」
「うん、ばいばい。ユリアお姉ちゃんとシルビアお姉ちゃん」
『〜〜〜!!』
・・・そして鼻血を流しながら、2人は廊下を辿々しく歩いて行った・・・。
「何だろう・・・変な寒気がする。風邪かなぁ・・・」
ルシアはそんな妙な感覚に囚われながら、旅の支度をするために、自分の部屋へと戻っていったのだった。
そして、ルシアが、地下大工房にある自分の部屋へと辿り着いた頃、
『あの〜、ルシア様〜?』
どこか申し訳無さそうな声色で、コルテックスが無線機越しに話しかけてきた。
「何か言い忘れてたの?」
『いえ・・・ちょっとした問題が起こりそうなので、取り急ぎ連絡を入れておこうかと思いまして〜・・・』
「?」
『・・・どうにか阻止するつもりですが、もしかすると明日の議会にルシア様が召喚されるかも知れません』
「う、うん・・・別にいいよ?」
『そう言っていただけると助かります。では、これから根回しを始めるので、詳しい話はまた明日、ということで』
そう言ってコルテックスは通信を切断した。
「何だろう・・・まぁいっか」
こうしてルシアは、ミッドエデンの議員たちの間で提起されつつあった、とある一つの議案を知ることなく、旅の準備を始めるのである。
モノリスと言って、想像つかないかも知れぬので補足するのじゃ。
1、黒曜石のように黒光りした塊
2、サイコロ状だったり板状だったりする
3、呼んでいる・・・
・・・主殿・・・一体何が、呼んでおるのじゃ・・・




