14.8-16 試験16
跡形無く消えてしまった的を前に、ハイスピアは魔法に掛かったかのようにピタリと固まっていた。彼女には何が起こったのか、まったく分からなかったらしい。
事情が掴めなかったのは、ハイスピアだけではない。ワルツもルシアも、あるいは訓練棟にいてアステリアの魔法を見ていた者たち全員が、ポカンと口を開けて固まっていたようだ。
ハイスピアは、教師であるがゆえに幅広い知識を持っていたので、アステリアの魔法が、一種の転移魔法のようなものだろうと目星は付けていたようだ。ところが、一般的な転移魔法は、離れた場所にある物体を転移させることが出来ないはずなのである。もしもそんな事ができるのなら、今頃世の中は、暗殺者だらけになっているに違いない。
ハイスピアは、アステリアがどんな魔法を使ったのか、採点書に魔法の名前をどう書くか悩んだ後で、素直にアステリアへと問いかけることにしたようだ。
「えっと……アステリアさん?今のは……」
何の魔法を使ったのか……。教師たる者が生徒に魔法の種類を質問するというのは、本来、恥ずべきことだったのだが、ハイスピアは恥を覚悟で質問することにしたようである。そしなければ、採点書に書くことが何も無いからだ。まさか、"何故か消えた"、あるいは"転移魔法らしき魔法で消えた"などと不確定なことを書くわけにはいかないのだから。
そんなハイスピアに対し、アステリアは言った。
「あれは空間魔法です。普段は"収納"にしか使わないのですが、最近、"収納"以外にも使える事が分かりまして……。一度入れると二度と取り出せなくなるような、ゴミ箱代わりに使える事が分かったんです。的はその中にあります。まぁ、あるというか……消えてしまったんですけど」
「…………」
ハイスピアは戦慄した。アステリアはやる気になれば、離れた場所にあるありとあらゆるものをすべてのものを消し去る事が出来るのだ、と。悪用された場合のリスクを考えた彼女の表情には、青色一色に染まり上がっていたようだ。
「わ、分かりました。ですが、あまり人前で使わない方が良いでしょう」
「えっ……そうなんですか?」
「その魔法はすごい魔法です」
「?!」
「ですが、あまりにすごすぎて、とても危険です。犯罪者集団に目を付けられれば、何が何でも手に入れようとしてくるほどに……」
「そ、そんな……」
「近い内に、ゆっくりとお話をしましょう」
今は魔法の実技試験の時間。ゆっくりと話し合う時間は無かった。ゆえに、ハイスピアは次の人物の試験を優先することにしたようである。あるいは、あまり話し込んでいれば、それだけで周囲の者たちに異常なことが起こったのだと自ら宣言するようなものだったことも、試験を優先した理由の一つと言えるかも知れない。
「では次、テレサさん」
「妾の番がきてしまったか……」げっそり
テレサは普段通りのゲッソリフェイス(?)で、魔法の発射点に立った。
そんな彼女はなぜゲッソリとしていたのか……。理由は単純で、彼女が使える魔法には直接的に何かを傷付ける類いの魔法がなかったからだ。彼女が使える魔法は、幻影魔法と言霊魔法だけ。両方とも精神攻撃系(?)の魔法だったのだ。
だが、だからといってテレサは諦めたわけではなかった。彼女は、自分の力で攻撃せず、他人の力を利用する術に長けていたのである。
要するに、他人の力を使えば、的を壊すことは可能だった。問題は、それが認められるか……。
テレサは心配になりながらも、幻影魔法を行使した。結果、周囲の者たちからは、試験の的がある魔物に見えるようになる。
『キィィィッ!』
最近、学院を騒がせたばかりのグラッジモンキーだ。その姿を見た途端、学生たち、教師たちは、アレルギーでもあるかのように、偽りのグラッジモンキーへと対処を始めた。
魔法を当てたり、剣で切ったり……。幻影のグラッジモンキーであることにも気付かず、皆、一心不乱に偽のグラッジモンキーに攻撃を仕掛ける。
結果——、
「まぁ、こんなものかの」
——テレサが幻影を解くと、試験の的は無残な姿になり、バラバラな姿に変わり果てていた。
学生たちや教師たちは、自分たちが何をしたのか理解出来ていなかったらしく、お互いに顔を見合わせながら、呆然としたような反応を見せていた。
そんな人々や的の様子を見たハイスピアが一言。
「……やっぱり、ウチの組の生徒、普通の子がいないですね……あは」ゆらゆら
どうやら彼女は現実逃避を始めてしまったようである。……まだあと3人ほど、問題児(?)が残されているというのに……。




