14.8-04 試験4
ルシアの氷魔法によって、湖の表面に季節外れの氷が張る。広大な魔法の練習場の完成だ。
だが、その様子を見ていたアステリアは、この場に来た理由をすっかりと忘れてしまっていたようである。ルシアが見せるデモンストレーションの魔法が、どれも半端ではないレベルの出力だったので、記憶が飛びつつあったらしい。まぁ、飛びつつあったのは記憶だけはなかったようだが。
「ははは……」
いっそのこと、誰かのように狂ってしまえば楽になるのでは無いか……。受け入れがたい出来事を前にして、突然笑い出す某担任教師のことを思い出しながら、アステリアはポカンと空を見上げていた。
そんな彼女の視線の先では、この世の終わりがやってきたと言わんばかりにドス黒い積乱雲が立ち上っていて、今にも雨以外の何かが降り出しそうな雰囲気を醸し出していたようだ。なお、言うまでも無く、ルシアの魔法の影響である。
大出力かつ大規模なルシアの魔法によって、周辺地域の大気が極めて不安定になり、巨大な積乱雲が発生したのである。恐らくは数分後に雨ではなく、巨大な雹か何かが降ってくるに違いない。それも大量に。紛れもない天変地異だ。
その様子を見上げていたテレサが、やれやれと肩を竦める。
「ア嬢?少々、やり過ぎなのじゃ」
そんな彼女の指摘に、ルシアも申し訳なさそうに、俯いた。
「調子に乗っちゃった……。ごめん……」
そう口にするルシアは、自重せずに魔法を打ち上げると、何かしらの天変地異が起こるというのは、今までの経験から知っていたのである。ゆえに、湖を凍らせた段階辺りまでは、周辺環境に大きな影響が及ばないよう、気を配りながら魔法を使っていたのだ。
ところが、アステリアに魔法を見せる内に、テンションが上がり……。気付くと自然破壊まっしぐらの大出力魔法ばかりを打ち上げていたのである。その結果が、空の暗雲、というわけだ。
「吹き飛ばしたらダメかなぁ?」
「悪化するだけじゃろ……」
「超重力で吸引したら?」
「それでも悪化するだけじゃろ……」
「じゃぁ、どうしろって言うのさ?」
何を言っても否定するテレサを前に、ルシアは憤った。否定するなら対案を出すべき……。
と、半ば逆ギレ気味に抗議の声を上げようとするルシアだったが、テレサにはちゃんと対案があったようだ。彼女は徐に空に手をかざして、何かをしようとしていたのだ。
「何しようとしてるの?」
「まぁ、ちょっとの。実はのう……最近、妾、気付いたことがあるのじゃ」
「急に何さ?」
「妾が使える魔法に言霊魔法、あるじゃろ?あれは実は言霊魔法なんてものではないんじゃないか、との」
「は?」
「……んー、やっぱりダメなのじゃ。魔力が足りなくて成功する気がしないのじゃ。仕方ない。ア嬢。不本意なのじゃが、ちょっと魔力を寄越すのじゃ」
「えっ……それ、テレサちゃんに、ぶちゅー、ってやられるやつじゃん!嫌だよ!」
と言いながら、テレサの背中にチラリと見えている魔道具を目を向けるルシア。というのも、テレサの背中には、依然としてコウモリの羽のような魔力吸引用の魔道具が取り付けられていたのである。自分では手が届かないので外せず、しかし誰にも取ってもらえず……。コルテックスに取り付けられてからかなりの日数が経つのだが、未だ外すことが出来なかったのだ。
その魔道具を使うと、テレサは誰かに口づけをする事で、魔力を強制的に回収する事が可能だった。近場のメンバーで言うなら、魔力を持て余しているルシアが魔力タンク(?)と言えよう。それもほぼ無尽蔵の。
まぁ、お互いにプライドが許さないので、そう簡単に魔力を融通することは無いのだが。
「妾だって本当はやりたくはないのじゃ。まったく、コルの奴め……。こんな難儀な魔道具を作らずに、もっともマシなものを作れば良いのに……。しかし……しかしなのじゃ」
そう言ってテレサは空を見上げたそこでは、ゴロゴロと音を立てながら急速に成長する暗雲の姿があって、もはや一刻の猶予も無いと言える光景が広がっていたようだ。
結果——、
「とにかく、魔力が無ければ逃げるしかないのじゃ。この際、プライドはどうでも言いゆえ、早く手を出すのじゃ!」
——テレサはルシアに手を出すよう迫る。
ところが——、
「わ、私だって、心の準備が……」
——この期に及んでも、ルシアは手を出そうとせず……。ついにはタイムリミットが——、
ズドォォォォン!!
——という轟音を上げながら訪れた。暗雲から強烈な落雷が落ちてきたのである。




