14.7-31 侵略31
次の日の朝。今日も学院は平常運転だった。夜に攻撃を受けて破壊されたはずの外壁は既に元通りになっており、襲撃を受けた痕跡が綺麗さっぱり無くなっていたのである。
唯一痕跡が残っているとすれば、それは学院関係者たちの記憶の中だけ。誰かの幻影魔法が暴走したか、あるいは集団ヒステリーの一種だと説明されれば、誰も否定できないほどに曖昧なものだった。
ただし。
「そうですか……彼らが襲撃者……」
ジョセフィーヌたちの眼前にいた物的証拠——もとい、襲撃者の男たちを除けば、の話だが。
彼女の前には、30人の男たちが市場の魚のごとく並べられていた。猿ぐつわをされて、ロープでグルグル巻きにされた、哀れな襲撃者たちだ。
彼らはポテンティアのマイクロマシンたちに飲み込まれた後、腕と足を縛られて森の中に転がされていたのだが、ポテンティアとしては彼らの事をそのまま放置して殺害する訳にもいかず……。仕方なくジョセフィーヌたちの所へと連れて来た、というわけだ。
『えぇ。外壁は修復しましたので、痕跡はもう残っていませんけれどね』
男子学生の格好のポテンティアが、転がされていた男たちの間に立って、両腕を左右に開くと、その場でくるりと回りながら説明する。
『彼らはこの国の南部に接するエムリンザ帝国の兵士たちです。作戦立案者はエムリンザ帝国の第一皇女。作戦目的は昨晩中に学院を急襲し、大公閣下であるジョセフィーヌ様と、この学院の院長であるマグネア様を殺害する事だったようです。その間、抵抗する勢力については、教師学生問わず皆殺しにしろ、と命令を受けていたのだとか』
「……なぜ作戦の内容を知っているのですか?」
『もちろん、直接聞いたのですよ。そこに転がっている襲撃者の、その頭の中に詰まった脳みそに、ね』
ポテンティアがニッコリと指揮官の男に笑みを浮かべると、身動き一つ出来なかった男は、ガクガクと震えながら失禁した。相当恐ろしい思いをしたらしい。
その様子にはジョセフィーヌの騎士たちも困惑が隠せなかったようで、お互いに顔を見合わせたり、指揮官の男に向かって可哀想なものを見るかのような視線を向けていたようだ。彼の身に何が起こったことは誰にも想像出来なかったが、取り乱す彼の反応を見るだけで、何か恐ろしい出来事が起こったということだけはハッキリと理解出来たのだ。
そんな騎士や捕虜たちの前で、ポテンティアは大げさな演技を続ける。
『おや?これは随分と怖がられているようですね。可哀想なので、頭を弄って、僕の記憶を消してしまいましょうか?ちょっと関係無い記憶まで失われてしまうかも知れませんが、少なくとも恐怖を感じることは無くなるはずですから。そう二度とね』
「もがーっ?!」がくがく
「ポテンティア様」
ポテンティアの手が男の頭に当てられようとしたとき、ジョセフィーヌから声が掛かる。
「一応、彼らは捕虜となるので、手荒な尋問や拷問の類いは避けた方が良いかと思います。エムリンザ帝国との交渉の場で、手札の一つに出来るかも知れません」
例えば捕虜同士の交換、あるいは捕虜と何かを交換するという駆け引きに使えるかも知れない……。ジョセフィーヌはそんなことを考えて問いかけたわけだが、ポテンティアは彼女の考えを根本的に否定した。
『あぁ、それはありえません』
「……何故です?エムリンザ帝国が彼らを見放すというのですか?」
『いえいえ。そうではありません。エムリンザ帝国が健全な状態なら、交渉のカードの一つにもなるでしょう。しかし、現状だと、彼の国は、ここにいる捕虜の皆さんを交換しようとは思えないどころか、把握すら出来ないはずなのです』
「把握すら出来ない……?何故——」
『彼の国はもう、この世に存在しないのと同義だからですよ』
ポテンティアがそう口にした瞬間、場の空気が明らかに固まる、ジョセフィーヌ本人はもちろんのこと、彼女の騎士たちも、襲撃者たちも、ポテンティアの発言を飲み込めなかったのだ。
そんな中で、ポテンティアは核心に迫る発言を口にした。トドメ、とも言えるかも知れない。
『昨晩の内に、エムリンザ帝国を滅亡寸前に追い込んでおきましたので』
彼がその言葉を口にした結果、場の空気は硬直を通り越して、崩壊を始め、騒然とした雰囲気に包まれるのだが——、
「……そうですか」
——ジョセフィーヌだけは、ポテンティアの発言を真っ直ぐに受け入れることができたらしく……。彼女はただ静かに相づちを打ったのである。




