14.7-30 侵略30
夜闇が空から落ちてくるかのように、黒い虫たちが降り注いだその日、エムリンザ帝国は滅んだ——わけではない。攻撃を行ったポテンティアには、ワルツと交わした約束通り、人々を傷付けるつもりは無かったからだ。
ではいったい何が起こったのかというと、帝都の町の中のみならず、国中から、3つのものが消え去ったのである。貨幣と書類、そして皇帝が住むという城そのものだ。ポテンティアのマイクロマシンたちが、そのすべてを食べ尽くしてしまったのである。
貨幣が無ければ、人々は物々交換をするしかなくなり、周辺諸国と品物のやり取りをする事も難しくなるのである。書類が無ければ、契約書が書けないどころか、過去に遡っての契約が証明できなくなるので、これまでに取り交わしてきた取引のすべてがなり立たなくなるのである。
そして最後。城が無ければ、国としての体を保つのが難しくなるので、国として弱体化は必須。混乱を鎮めて元の状態に戻るには、相当の年月が必要なのは明らかだった。
しかも消えたものは城だけでなく、攻撃の瞬間に城にいた者たちの服、武具、食料に至るまですべてのものが消え去ってしまっていた。城の敷地内だけを切り取って見るなら、突然の出来事に驚いて唖然とする裸の人々で溢れた"人間動物園"と言えるような光景が広がっていたようである。
一夜にしてエムリンザ帝国をほぼ壊滅状態と言える状況に陥れたポテンティアだったが、彼は帝都の上空に浮かべた自分自身の艦内で、眉を顰めていたようである。どうやら一つだけ、思い通りにいなかったことがあったらしい。
『ふむ……第一皇女を取り逃がしてしまいましたか……』
今回のレストフェン大公国における騒動の影で暗躍していた第一皇女だけが、転移魔法を使ってどこかへと消え去っていたのである。彼女の服に、ポテンティアのマイクロマシンの一つでも付けておけば、探知することも可能だったのだが、付着させる前に逃げてしまったので、それは叶わず……。ポテンティアは一人、悔しそうな表情を浮かべるしかなかったようだ。
◇
『……という事があったのです』
「ちょっと、貴方、国を滅ぼすの早すぎじゃない?攻撃を始めるって言って、まだ10分も経っていないじゃない」
『あんなまともな対空兵装もない小国、滅ぼすのに時間はいらないですよ。あ、お金とか金銀財宝とか、大量に貰ってきましたけど、いります?合計すると50兆ゴールドくらいですけど』
「いや別に、お金には困ってないからいらないわよ……。工業用素材の材料にでも回しておけば良いんじゃない?(あっ……私、今、一文無し……)」
『かしこまりました。コルテックス様の方に送りつけておきますね』
「(えっ……?50ちょーゴールドって……なんですか?こーぎょーよう素材ってなんですか?)」
ワルツとポテンティアの会話を聞いていたアステリアは、あまりに異次元過ぎる話に、ぽかーんと口を開けていたようだ。ゴールドの桁の名前がまず理解出来ず、金銀財宝を工業用の素材に使うという発言も理解出来なかったらしい。いや、そもそも、攻撃を開始して10分程度で大国が滅ぶということ自体、何かおとぎ話でもしているのかと思えるほど、現実離れしているように思えていたようだ。
彼女が頭にクエスチョンマークを浮かべていると、それに気付いたテレサが話しかける。
「あー、アステリア殿?今ものすごく混乱しておると思うのじゃが、あれはああいうものゆえ、気にしてはならぬのじゃ。どうせ気にしたところで、受け入れられるものでもないからのう」
真っ当に理解するなど、常人には不可能。そのことをよく知っていたテレサは、アステリアが考え込む前に、彼女の思考を停止させようとする。
ところが、わざわざ彼女がブレーキを掛けようとしているというのに、アクセルを踏み込む者が現る。
「あーちゃん(アステリア)にも本当の事を教えても良いような気がするけどなぁ。私たちとそれなりの時間、一緒に生活してきたんだし、他人って訳じゃ無いんだからさ?」
ルシアだ。どうやら彼女の中では、アステリアは身内同然になっていたらしい。
「……では、ア嬢。試しにアステリア殿に、何が起こったのか、説明してみると良いのじゃ」
「私が?まぁ、良いけど……。えっとね、この国の隣にあった帝国が滅んだんだよ?ポテちゃんにやられて」
「……すみません。ルシア様。ちょっと何を仰っているのか分かりかねます」
「だよねー。はい、テレサちゃん、バトンタッチ!」
「ちょっ?!」
普段通り場を荒らすだけ荒らして立ち去っていくルシアの後ろ姿に、テレサはジト目を向けた。しかし、ルシアはどこ吹く風。結果、テレサは、アステリアに詳細を伝えざるを得なくなってしまう。
こうしてアステリアは、テレサから詳しい事情の説明を受けるのだが……。結局、彼女が事態を飲み込んだのは、夜半が過ぎてから。その頃にはテレサはゲッソリとしていて、ベッドで爆睡するルシアを恨めしそうに眺めたとか、眺めなかったとか……。




