14.7-26 侵略26
そして更にもう一箇所。
「はぁ……」
夜の学院の女子寮。その屋上にミレニアの姿があった。そこで彼女は何度となく大きな溜息を吐いていて、今は何もいなくなっていたグラウンドの方へとボンヤリとした視線を向けていたようである。日が暮れるころまで、エネルギアが停泊していた場所だ。より正確には、ポテンティアとあるやり取りを交わした場所、と表現すべきか。
「ポテンティア様が、女の子になるなんて……」
ミレニアは昼間の出来事を思い出していた。目の前でポテンティアが、男子学生の格好から、女子学生の格好に変化した出来事だ。ポテンティアのことを男子学生だと思っていたのに、今日の彼——いや彼女は、どこからどう見ても女学生で……。ミレニアにとっては簡単には受け入れられないことだった。
「ポテンティア様の身体……どうなってるのかしら……」
そんな事を考えていたミレニアの顔が、不意に、ポン!という効果音が鳴りそうな程に赤面する。
「わ、私ったら!何を考えて……」
自分は何を考えているのだろうか……。ミレニアが、ポテンティアに対する気持ちに気付きかけた——その直後の事だ。
カサカサカサ……
彼女の後ろから、何かカサカサと蠢く気配が伝わってくる。
「……!」ギュゥンッ
殺戮兵器(?)ですら裸足で逃げ出す形相と反応速度で、彼女は後ろを振り向くと——、
「消えなさい!」
ドゴォォォォッ!!
——上げた手のひらから、寮の屋上に向かって、氷魔法を放射した。低温が苦手な虫を退治するにはこれ以上無いくらいの的確な魔法で、実際、この魔法を使ったミレニアの戦果は、ごく最近まで百発百中だった。ただし、寮の屋上に謎の虫が現れるまでは、の話だが。
「……また、殺し損ねたみたいね……。まったく、忌々しい。この世界から絶滅してしまえば良いのに」
考えれば考えるほど、頭に血が上るような気がしたのか、ミレニアは思考をリセットすることにしたようだ。
「それにしても、今日のあれは何だったのかしら……。あのエネルギアって船?にしても、ミッドエデンっていう国にしても、あのカタリナってお医者様にしてもそうよ。っていうか、あの人、本当にお医者様なのかしら……」
別の世界の乗り物、国、医者だと言われた方がしっくりくる気がする……。それがミレニアの、エネルギアやミッドエデン、カタリナに抱いた感想だった。あまりにレストフェン大公国とは技術力もスケールも違いすぎて、ミレニアの中にあった常識という名の物差しでは計り知ることは出来なかったのである。せめて、"船"が船の形をしていて、"国"が目に見えるところにあって、"医者"が医者らしいことをしていれば、ミレニアの戸惑いは幾ばくかマシになっていたと言えるかも知れない。
「あぁ……考えれば考えるほど頭が痛くなってくるわ……」
あまりに理解出来ない事だらけで、ミレニアの頭がいっぱいになったころ。
『ミレニアさん、大丈夫ですか?』
ミレニアにとって、よく知った声が、彼女の後ろから聞こえてくる。
「っ?!」ビクッ
ミレニアは返答できずに、身体を硬直させた。まさか、今日もポテンティアが来てくれるとは思ってもいなかったのだ。
「ポ、ポテンティア様?!」
『はい、ポテンティアです。あと僕の呼び名に"様"は必要ありません。ポテンティアでも、ポテでも、ポテくんでも、ポテちゃんでも、好きなように呼んで下さい。あ、ちなみに、僕個人としては、まだポテくんと呼ばれた事はないので、ポテくんと呼ばれるのが新鮮に感じるかも知れません』
「じゃ、じゃぁ、ポテ……くん?」
『はい、何でしょう?ミレニアさん』
ポテンティアの返答を聞いたミレニアは、自分の名前も愛称であるニアと呼んで欲しいと口から出かかっていたようである。しかし、彼女はその一言を口に出来なかった。なにしろ、ニアと呼ぶのは、祖母のマグネアと両親だけ。幼なじみのジャックですら呼ばない呼び方だからだ。
ゆえに彼女は少しだけ残念そうな表情を浮かべてから、自身が心に抱えていた大きな疑問をポテンティアへと投げかけた。
「もし……もし良かったら教えて欲しいのです。ポテくんは……男の子なんですか?それとも女の子なんですか?」
ミレニアがそう口にした直後のことだった。ポテンティアが口を開けて何かを言おうとした瞬間——、
ズドォォォォン!!
——タイミング悪く、学院を囲む高い塀の方から、真っ赤な火柱が上がったのである。




