14.7-15 侵略15
ズドォォォォン!!
猛烈、という言葉すら烏滸がましいほどの速度で、巨大な弾体が宙を突き抜ける。緩やかな弾道軌道は描いているが、ほぼ直線で突き進むその弾体は、発射された時点で第二宇宙速度以上。地面に落ちてくる事はなく、質量兵器として地上へ被害を出すことはないはずである。恐らく数十分後には、惑星の新しい衛星となっているに違いない。
しかし、地上すれすれと言える場所を通過した弾体により、大気が切り裂かれて衝撃波が生じ、地面に幾ばくか被害が出ていたようだ。弾体の突端から発生するソニックブームが、森の木々をなぎ倒し、地面を抉り、雲を蹴散らし……。離れた場所まで爆音を轟かせることで、魔物や動物たちを大混乱状態に陥れたのだ。
被害はそれだけではない。公都の上空を通過したために、公都の家々の窓ガラスが割れ、壁や天井も剥がれ、城の塔に罅が入って倒壊寸前に陥るほどだった。当然、鼓膜を破る人々も続出する始末。公都は大混乱に陥っていた。
しかし、それこそがワルツの目的だった。威嚇射撃(?)である。当たれば破滅が確実の圧倒的な攻撃力を見せつけることで、ジョセフィーヌを裏切った公都の者たちだけでなく、轟音を聞いたすべての敵対者たちのことを後悔させようと思ったらしい。それほどまでにワルツは、現状にイラッと来ていたのである。
「……というわけで、これ、学院が開発した新兵器の試射ってことで通達を出すと良いわ?公都の人たち、きっと泣いて喜ぶと思うわよ?」
空間を歪ませながら東の彼方へと消えた弾体を見送った後で、ワルツは隣に立っていた学院長のマグネアの方をポンと叩いた。
対するマグネアは、プルプルと震えながら、錆びた歯車のごとくギギギギとワルツの方を振り返る。
「な……」
「……な?」
「な、何をしにやってきたのですか?!あなた方は!」
マグネアが浮かべていた表情は、怒りでも驚愕でもなく、ただただ恐怖。この瞬間、彼女には、ワルツたちのことが、悪魔か何かにしか見えていなかったに違いない。
対するワルツは、はぁ、とわざわざ溜息を吐きながら、やれやれと肩を竦める。今までも色々な人々に何度も同じ表情を向けられてきたためか、対応することには慣れていたらしい。
「何って、勉強をするために決まってるわ?それを妨害されるって言うなら、国であろうと、誰であろうと、抗うだけよ?それ以外に理由なんて無いわ?」
「侵略をしにきたのではないのですか?これほどの力があるなら、この国を乗っ取ることだって不可能ではないはずです」
「国を大きくするなんて面倒な事する気はないわ?土地にも、国内の生産力にも困っていないし、それに権力もいらないわね。そんなものに固執するなら、国から出ないで王様か皇帝あたりでもしてるわよ」
「…………」
マグネアはワルツの発言に黙り込んだ。ワルツがやろうと思えば、国王になる事ができることを悟ったのだ。それも、レストフェン大公国など足下にも及ばないような、圧倒的な国力・戦力を保有するトンデモ国家の。
一歩二歩と後ずさりを始めたマグネアを前に、ワルツは再び肩を竦めてもう一言追加した。後ずさるマグネアが、自身の言葉で納得したとは思えなかったのだ。
「私としてはレストフェン大公国と仲良くやっていきたいのよ?不可侵条約とか、通商条約とか、そういったものを結ぶ手配をしても良いくらいにね。というか、個人的に学生を続けたいのよね……。レストフェン大公国の文化や、魔法に興味があるから。それ以外の理由なんて無いわ?」
マグネアから見たワルツがどんな存在に見えたのか……。ワルツが言葉を補足する度に、逆に顔を青くしていったマグネアの表情がすべてを物語っていると言えた。そんな彼女の思考を言葉に表現するのは困難だが、一言で言うなら、こう表現できるかも知れない。
「人の姿をした国……」
と。そう口にしたのは、物陰から現れた大公ジョセフィーヌだった。彼女は2人の会話を聞いていたらしい。
「あらら、聞かれちゃった?」
「聞いたと言いますか……今までご紹介頂いたミッドエデン共和国の方々の発言や態度を見ていれば何となく分かりましたよ。ワルツ先生はミッドエデンの王様……いえ、それ以上の存在なのだと」
「……一般学生ね?何度も言ってるけど……」
ワルツはそう言った後で、ジョセフィーヌとマグネアに問いかけた。
「そんなわけで、私たちって、残り2人も含めて色々面倒な立場にあるんだけど、厄介だから学院から放り出す?もちろん、出て行けというのなら、それに従うわよ?まぁ、この国にも用事がなくなるから、国自体からも出て行くけどね」
受け入れるのか、受け入れないのか……。そんなワルツの質問は、このまま身分を隠したままで学生を続けられないと判断した結果でもあった。放っておけば、ミッドエデンから次々と訪問者がやって来るはずで、そのたびに身分や技術力を隠すなど、面倒極まりない事だったのだ。
対する2人の内、マグネアは、ジョセフィーヌの顔色をうかがった。マグネアはジョセフィーヌ派の人間だったので、ジョセフィーヌの決定に従うつもりでいたのだ。
ゆえに、すべての決定権はジョセフィーヌにあると言えたのだが……。彼女は即答で返答せず、回答を考え込んだのである。




