14.7-13 侵略13
時は少し遡る。
ワルツが中心となって、エネルギアの冷凍庫の中から大量の食料品が運び出され、次々に学院の食堂横にあった倉庫へと運び込まれていた。ルシアやテレサ、アステリアの他、ジョセフィーヌや彼女の近衛騎士たち、教員たち、そして一部の学生たちなど、総勢100人ほどで荷物を運んでいたのだ。
目的が達成できたワルツとしては、輸送そのものに対しては不満は無かったようだが、一つだけ気になっていたことがあったようである。
「(ジョセフィーヌが手を動かしてるのに、何であの子たちは突っ立ったまま手伝わないのかしら?)」
レストフェン大公国のトップであるジョセフィーヌが動いているというのに、それを見ているだけの学生たちが多々いるというのが解せなかったのだ。動いていなかったのは、集まってきた学生のうちの半分ほど。その他、学院の校舎から眺めている者たちを含めれば、全体の7割ほどの学生たちは遠巻きに見ているだけで、荷物運びを手伝おうとはしなかったのである。
支援物資は、いったい誰のためのものなのか……。そんなことを考えていたワルツは——、
「マグネア先生」
——ちょうど近くで荷物を運ぼうとしていた学院長マグネアに話しかける。
マグネアは、一旦荷物を置いて、身体強化の魔法を解くと、ワルツへと問いかけた。
「はい、何でしょう?」
「一部……っていうか、かなりの数の学生たちが手伝ってないような気がするんだけど、あれは何でなのかしら?いや、別に、無理に手伝って欲しいとは思わないけどさ?」
「それは……」
ワルツに問いかけられたマグネアは言い淀んだ。彼女もまた、多くの学生たちが見ているだけという現状に気付いていたものの、見て見ぬフリをしていたのだ。何か理由があって、放置しているらしい。
それからややしばらくあってから。マグネアは、その見た目通りに、まるで大人に怒られる子どものように小さくなりながら、自分よりもさらに背の低いワルツに向かって事情を吐露する。
「……この学院の生徒には貴族出身の者たちが多いのです。そして貴族たちは基本的に、自分の手を汚そうとはしません」
「なるほど。私たちが平民だから、手伝えないというわけね」
「申し訳ないですが、そういった考えを持っている者たちが少なからずおります。もっと言うと……」
マグネアは一旦そう言い淀んで周囲を見渡してから、近くに声が聞こえそうな人物がいないことを確認した上で、言葉を続けた。
「……ジョセフィーヌ様と敵対的な貴族を親に持つ学生がかなりいるようです。残りは中立的な立場で様子見、といったところだと思います。ちなみに、今、手伝ってくれている学生たちは、殆どがジョセフィーヌ様派の学生たちです」
「まだみんな若いのに、ドロッドロしてるわね……。ってことは、監視役もいるかもしれないってこと?」
「えぇ。情報を集めるように言われているのは確かでしょう。現状、公都を奪われたジョセフィーヌ様は、劣勢な立場に立たされていますから、敵が多くなってしまうのも仕方ないことなのです」
「そういうのは、昼ドラだけにしてほしいものね。まぁ、昼ドラで学園モノとか見たこと無いけど……」
マグネアの説明を聞いたワルツは、呆れたように溜息を吐いた。クーデターの成り行きによって態度を変える貴族やその関係者に、呆れてしまったのだ。もちろん、マグネアの説明には、彼女の推測が多分に含まれていたはずだが、ワルツは間違いないと確信を持っていたようである。どういう理屈かは不明だが、彼女が見てきた昼ドラの知識によると、よくあること(?)らしい。まぁ、情報源が昼ドラとは限らないが……。
ワルツとしては、正直なところ、誰が次の大公の座につくとしても、興味は無かった。それでも彼女がジョセフィーヌのことを贔屓にしていたのは、クーデターの始まりのきっかけが自分たちにあったこと。そして、学生を続けていくためには、レストフェン大公国の安定が必須なので、もうしばらくはジョセフィーヌに大公を続けて貰わなければならなかったことが理由である。
結果、対応を考えたワルツは、とあるアイディアを思い付く。
「んー……まぁ、事前に忠告すれば問題無いか……」
「えっ?」
急に何を言い出すのか、と言わんばかりに首を傾げるマグネアを軽くスルーして、ワルツはルシアたちに指示を出す。
「ルシア、テレサ、アステリア?皆に耳を押さえるよう伝えて頂戴。合図があったら、全力で耳を塞ぐように、って。下手をすると、鼓膜が破れるから」
「「「ちょっ?!」」」
そしてワルツは誰に向けるでもなく、呟いた。
「……最上位権限でエネルギアにログイン。火器管制システム起動」
その直後、エネルギアの主機が唸りを上げ始めた。
しかし、現実には、最上位権限でログインしても出来ない事が多々あるという……。




