14.7-04 侵略4
「(何なんだ……こいつ……)」
ジャックは混乱していた。学院の生徒になってから一度も見たことの無いポテンティアと名乗る人物と話している内に、鼓動が跳ね上がってしまったのだ。
「(こいつは男……なのか?ポテンティアって名前を聞く限り、女っぽい名前にも聞こえるんだが、でも服装は男子の服装だし……。だけど、後ろ姿は女っぽいんだよな……)」
「……どうかされましたか?」
「あ、いや……なんでも……ないです……」
綺麗な女性に話しかけられているような、そんな何とも表現しがたい複雑な気持ちになったジャックは、ポテンティアの横を歩きながら眉を顰めていた。とはいえ、何か不満な事があったわけではない。眉に力を込めていないと、まったく別の表情になってしまうような気がしたので、とりあえずしかめっ面になっていたのだ。
そこに無理矢理理由を付けるなら、幼なじみのミレニアが、ボーッとしたような表情をポテンティアへと向けていた点が挙げられるかも知れない。ミレニアが他の男子と仲良くしている様子を見るというのは、ジャックとしては気持ちの良いものではないからだ。
ただ、それは、無理に理由付けした場合の話。中性的な声と見た目のポテンティアがミレニアと仲よさげに話していても、ジャックとしては気分が悪くなるようなこともなく……。彼が不機嫌になる理由としては弱いと言わざるを得なかった。
心の底から湧き上がってくる感情に翻弄されながら、ジャックはポテンティアの斜め後ろを歩いて行く。ミレニアも同じだ。ポテンティアから一歩遅れた斜め後ろを、ボンヤリとした表情を浮かべて彼を見つめたまま、付かず離れず歩いて行った。
その間、ポテンティアが、これから会う人物たちについての簡単な説明を口にする。
『今日、学院にお越し頂いたのは、海の向こうにある大陸のお医者様で、カタリナ様と言います。さきほどチラッと見た様子だと、ご家族のシュバルちゃんも同行されているようでしたが、シュバルちゃんを見てもあまり驚かれないように注意して下さい。あの方は……そう、ちょっとした呪いのようなものを受けていて、手や足が伸びたり縮んだりするのです。人によっては……まぁ、嫌悪感を抱いてしまうかも知れませんが、シュバルちゃんは基本とても良い子なので、優しく接して頂けると助かります」
流石のポテンティアでも、触手が大量に生えた黒い物体であるシュバルについてはフォローしきれなかったらしい。"嫌悪感"という言葉を他の言葉に置き換えようとしたようだが、適切な言葉が見つからなかったようだ。
ミレニアとジャックはそんなポテンティアの説明を静かに聞いていたわけだが、ミレニアはポテンティアの説明で何かを思いだしたらしく、恐る恐るといった様子でポテンティアへと問いかける。
「あの……ポ、ポテンティア、様?」
「僕の名前に"様"付けは必要ありませんよ?ミレニアさん」
「え、えっと……ではポテンティアさん。昨日のお話だと、ポテンティアさんも、のろ…………あっ……」
ミレニアは問いかけようとしていた言葉を止めた。隣にジャックがいる事を思い出したのだ。彼女はこの時、こう聞きたかったようだ。……昨日、ポテンティアは、呪いのようなものを受けて人に見せられない姿になっていると言っていたが、その後、具合はどうなのか、と。
対するポテンティアは、申し訳なさそうに口を閉ざしてしまったミレニアの様子から、彼女が何を言わんとしていたのか、言葉の続きを察したようである。
『あぁ、僕に掛かっている呪いの件ですね』
「っ!ご、ごめんなさい!」
『いえいえ、大丈夫ですよ。制御可能な事なので、皆さんの前で醜態をさらすようなことはいたしませんので安心してください(まったく……僕の美学が誰にも理解して貰えないとは、嘆かわしい事です)』
ポテンティアはそう言って、仄かに悲しみの色を含む笑みをミレニアへと向けた。
そんな彼の表情を見たミレニアは、自身の明らかな失言を悔いたのか、今にも泣きそうな表情を浮かべていたので……。その様子に気付いたポテンティアは、もう一言追加した。
『ありがとうございます。ミレニアさん』
「……えっ?」
予想しなかった言葉がポテンティアから飛んできたためか、驚くミレニア。しかし、彼女が発言の理由を問いかけるような事はなかった。いや、出来なかった。
『遠方より、遙々ご足労頂きまして、ありがとうございます。カタリナ様』
ミレニアが気付くと、医者——もといカタリナたちに声が届く所にまで、歩いてきていたからだ。
流し読みできぬ自分の文章が恨めしい、と思う今日この頃なのじゃ……。




