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14.7-02 侵略2

 エネルギアの船体には光学迷彩が施されていた。人々に姿を見られれば不必要な混乱を引き起こすからだ。一応、コルテックスたちミッドエデン上層部は、周辺諸国に気を配って、空中戦艦エネルギアの運用方法を決めていたらしい。


 ゆえに、透明だったエネルギアのハッチが開くと、まるで空間を四角く切り取ったような見た目になっていた。それだけでも十分に異様な光景だというのに、そこから現れた獣人と謎の魔物の姿は、それそのものがカオスを体現しているかのようで……。学院の生徒たちの目は。もはや巨大な空間の歪み——もといエネルギアの方には向けられておらず、(もっぱ)らハッチから降りてきた2人に対し向けられていたようだ。


 この時、生徒たちがどんな思いでカタリナとシュバルを見ていたのかは分からない。なにしろ、獣人は、この大陸において蔑まれる存在だからだ。汚く、臭く、卑しい存在……。それが、この大陸の人々の獣人に対する一般的な捉え方なのだから、カタリナたちからどんなに異様な気配が漂っていたとしても、生徒や教師の中には、カタリナたちの事を卑下して見ている者もいたかも知れない。


 ただ、半数以上の者たちは、2人の存在を、恐ろしげに眺めていたようである。白衣を着た獣人を見たこともなければ、黒い触手だらけの魔物も見たことがないからだ。


 そんな中、グラウンドに降り立ったカタリナは、校舎の方から遠巻きに自分たちの姿を見つめてくる学生たちに気付くと、口許だけニヤッ、と笑みを浮かべながら、ポケットから無線機を取り出した。


『……ワルツさん。お届け物です』


 彼女が飛ばした音声が、テレサの制服のポケットから聞こえてくる。ワルツは機動装甲ごと無線通信システムを失い、ルシアは自身の魔法によって無線機が使い物にならなくなった結果、現在、レストフェン大公国の滞在組の中で使用可能な無線機を持っているのはテレサだけだったので、彼女の所に連絡が来たようだ。


 テレサは何も言わずにポケットから銀色の板のような無線機を取り出すと、それをスッとワルツの方へと差し出した。どうやらテレサの方では、取り次ぎサービスはしていないらしい。


 対するワルツは、エネルギアがやってきてからというもの、ずっと机の影に隠れていたわけだが、カタリナからの呼びかけを無視するわけにはいかなかったこともあり……。渋々、机の影から手だけを伸ばして、テレサの無線機を受け取った。


『……何でカタリナが来てるの?』


 ワルツは率直な疑問を無線機越しにカタリナへとぶつけた。人の目が気になって仕方がないワルツとしては、カタリナがわざわざ人目に付く時間帯に来るなど、嫌がらせのようにしか思えなかったからだ。


『ポテンティアに呼ばれたのです。私に見て欲しい女の子がいるといわれたもので』


   ガタンッ


「ちょっ?!ポテンティア?!貴方、いつの間に、ガールフレンドなんて作ってたのよ?!しかも学生に!」


 ワルツは天井のシミを見上げながら声を上げた。


 すると天井ではなく、机の上から、声が返ってくる。


『ワルツ様。僕はこっちです』


「どっちでも良いわよ!で、どういうこと?どういう物好きがいたら、貴方と付き合う……いえ、親密になれるわけ?」


『サラッと酷いことを仰いますね……。ですが彼女は、僕のガールフレンドというわけでも、親密な関係にあるというわけでも、あるいは友人というわけでもありません。ほら、隣のクラスのミレニアさん。彼女が病気で、何日も掛けて遠い場所にいるお医者様に診てもらいに行かなければならないと仰っていたので、カタリナ様をお呼びしたのです。普段、ミレニアさんにはご迷惑をおかけしていますし、彼女が病気になったのも、もしかすると僕たちの行動が原因かも知れませんので』


「…………」


 ワルツは反論の言葉を見つけようとしたが、ポテンティアの主張には一理どころか三理くらいあったので、言い返すことができなかった。ミレニアが3日間連続で気を失ったのは、自分たちが原因だからだ。


「……事情は分かったけど、ミレニアのことをカタリナに会わせるのはポテがやりなさいよ?私、変な注目、受けたくないんだから」


『えぇ、承知しております。その辺はお任せ下さい』


 ポテンティアがそう口にした瞬間、教室中から黒い虫たちが集まってきて、1人の少年の姿を形作った。その際、ルシアとハイスピアが鬼の形相で虫たちを殲滅しようとしていたようだが、テレサとジョセフィーヌがどうにか宥めて、事なきを得たようだ。


 そして少年——ポテンティアは、恭しく頭を下げながら、ワルツに言った。


『では、レディーをエスコートして参ります』


 そう言って教室を出て行くポテンティア。そんな彼の後ろ姿を見送ったワルツは——、


「なんか嫌な予感しかしないんだけど……」


——と呟いていたようだが、彼女の言葉は誰の耳にも入ること無く、空気に溶けていったようである。


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