14.6-41 支援41
『僕の名前は——』
ポテンティアが自身の名を名乗ろうとした瞬間のことである。人の姿ではなく、黒い昆虫の姿をしていた彼は、名乗る際の癖か、ついついその姿のままで寮の屋上にあった物陰から表に出てしまう。
とはいえ、周囲はほぼ真っ暗闇。星々は空で瞬いていたが、その程度の明るさでは、彼の黒光りする姿は見えないはずで……。ポテンティアがうっかりと物陰から姿を出しても、ミレニアが知覚することはできないはずだった。
ところがミレニアは、ポテンティアの予想とは真逆の反応を見せる。
「……あ、すみません。少しだけお時間を下さい」
ミレニアは申し訳なさそうにそう口にすると、急激に表情を変えた。
「ぅおらっ!」ドゴォォォォッ!!
真っ暗なはずの闇の中、ミレニアの行動に迷いは無かった。まるで汚い物でも消毒するかのように、彼女は黒い物体に向かって氷魔法を放ったのである。
『ちょっ?!』
「殺ッ!!」ドゴォォォォッ!!
逃げ回るポテンティアの事を、ミレニアは執拗に狙った。その様子は、まるで固定砲台のごとし。
対するポテンティアには、予想外の出来事すぎて為す術は無く……。彼はその場から必死になって逃げざるを得なかったようだ。
結果——、
「はぁはぁ……ふぅ……。え、えっと、お待たせしました。ちょっと黒い虫がいたもので……」
しーん……
「あ、あの……」
しーん……
「……あぁ……私はなんてことを……」
——寮の屋上にはミレニアだけが取り残される形となった。
その後、ミレニアは、ポテンティアに言われたとおり自室に戻るのだが……。残念ながらと言うべきか、あるいは自業自得と言うべきか、彼女は一睡も出来なかったようだ。
◇
『……という事がありまして、食料品の配送が遅延しております。次回は不在連絡表を投函する予定です。ところで、学院のポストはどこですかね?』
「いや、そんなカードなんて全然必要ないわよ……」
次の日の朝、ポテンティアは、事の次第をワルツに報告していた。本来であれば、彼は昨晩の内に、ミッドエデンから運んできた食料品の配送を済ませるつもりだったのだが、明け方近くまでミレニアが空を見上げていたおかげで、配送できなかったのである。彼の配達には、ただ品物を運べば良い良いというだけでなく、姿を見られてもいけないという条件を付けられているのだ。尤も、誰かに付けられた訳ではなく、彼が勝手に付けた所謂自分ルールだったようだが。
『そんなわけで、昼間に荷物をお届けする形になりそうです。配送物は食べ物なので……』
「まぁ、しゃぁないんじゃない?学院長とかは、支援物資と私たちとの関係を知ってるから、隠す必要はないし……。それに、私たちは私たちで無関係を装っていれば、他の学生とかにもバレないはずだしね」
『えっと……実はそれだけではなくて……ですね?』
ワルツに承諾を貰ったはずのポテンティアだったが、どうにも歯切れが悪かった。何かもう一つ、大切な事を言おうとしている……。ワルツはそんなポテンティアの気配に気付いたようだ。
「どうかしたの?」
『えっと……その……実は……ですね?カタリナ様に用事があってミッドエデンに一旦帰ったのですが、その際、姉様方が僕たちの会話を聞いていたのですよ。それで、昼間の配送なら私たちがやる、と聞かなくて……』
「……それってつまり……」
『えぇ、ワルツ様がご想像されている通りです。姉様方……エネルギアが来ます。それもカタリナ様と一緒に……』
ポテンティアのその発言を聞いたワルツが、天を仰いで額に手を当てたのは、登校前に急な発熱と頭痛でも発症したからか。




