14.6-40 支援40
『何か寝られなくなるような……困りごとでもあったのでしょうか?』
"少年"もといポテンティアのその一言に、ミレニアは口を一文字に閉じた後、くるりと夜空の方を振り返って、そしてポツリと呟いた。
「もしかすると、私……病気かも知れないんです」
『なんと。それは大変です』
「でも、お医者様は公都にいて、簡単に向かうことはできません。逆に来て貰うことも出来ません。ちょっとした事情があって、公都と行き来が出来なくなっているんです」
『ジョセフィーヌ様の件ですね』
「ご存じだったのですか?」
『えぇ、まぁ、当事者……ごほん。公都で問題が起こっているという話は、僕も耳に挟んでいますよ』
公都で政変があって、ジョセフィーヌが暗殺されそうになっているという話は、学院上層部だけの機密扱いになっていた。一部、公都から来ている学生の間では、帰省が禁止になっていることと、学院内にジョセフィーヌがいることから、公都で何かが起こったのだろうと察する者もいたようだが、それでも噂話に過ぎず……。未だ、一般学生が知り得るような大きな話にはなっていなかった。
ゆえに、祖母から秘密裏に情報を聞いていたミレニアは、ポテンティアが情報を掴んでいることに少しだけ驚いていたようだが、自分やジョセフィーヌを助けるほどの実力を持つポテンティアなら何でも知っているのだろうとすぐさま思考を整理して、話を続けた。
「……そういった背景があって、公都のお医者様の元には行けないのです。そうなると、お医者様がいる最寄りの町は、公都の北にある町まで行かなければなりませんが、片道で1週間は掛かりますので、授業から取り残される心配があります。はたしてこのタイミングでお医者様のところに向かうべきか、否か……。そして何より——」
ミレニアの声が特に小さくなって、彼女がとても小さく何かを口にしようとした——その瞬間。
『でしたら、2つご提案できることがあります』
ポテンティアはミレニアの発言に気付かず、言葉を被せた。
「えっ……?」
『知人にとても優秀なお医者様がいらっしゃるので、彼女をここに連れてくるという提案がまず1つ目です』
「……!」
『ただ……彼女は獣人ですから、ミレニア様としてはあまり気に入らないかも知れないので——』
「いえ!そんな事はありません。あなたからご紹介いただけるのなら、大歓迎です!」
『そうですか……(なら、2つ目の提案はいらなそうですね)』
2つ目の提案——即ち、自分がミレニアのことを医者のいる町まで運ぶ、というものである。ミレニアにはここ数日、迷惑をかけてばかりいるので、ポテンティアとしては申し訳なく感じていたらしい。
ただ、その選択肢を説明する前に、ミレニアが結論を出してしまったので、ポテンティアは2つ目の提案を口にしなかった。もしも彼がその提案を口にしていたなら、きっと話は別の方向へと進んでいたに違いない。
『では、日が昇ってから、彼女をこの学院に連れてきますので、何か困りごとがあれば彼女に相談して下さい。非常に優秀なお医者様なので、大抵のことは治してもらえると思いますので』
「あ、ありがとうございます!」
『では、ミレニアさん。夜風は身体に障りますから、もう休まれて下さい。僕はここで失礼しm——』
「ま、待って下さい!も、もう一つだけ……もう一つだけ聞かせて下さい」
『はい?なんでしょうか?』
「あなたの……あなたのお名前を……!」
ミレニアは勇気を振り絞って、その一言を投げかけた。彼女が生きてきた人生の中で、最大の勇気を出した場面だったようだ。
だが、勢いを付けて問いかけた後、ミレニアは後悔の念に襲われる。もうすこし聞き方があったのではないか……。もしかすると自分が聞きそびれていただけで、"少年"は名乗っていたのではないか……。名前を言えない理由があって、今まで名乗らなかったのではないか……。
そんな後悔と懸念に襲われたミレニアの口の中は、カラッカラに乾いて、思わず咽せてしまいそうになる。しかし——、
『おっと、これは失礼いたしました。僕としたことが、すっかり名乗るのを忘れていたようですね』
——幸いにも、|"少年"《ポテンティア》から帰ってきたのは、申し訳なさそうな返答だった。そのおかげでミレニアは、どうにか落ち着きを取り戻す。
そして彼女は耳に全神経を集中させた。"少年"が発する次の言葉を一字一句漏らさないようにするために。




