14.6-37 支援37
ワルツたちと一緒に食事を摂った後、狩人はユリアと共にミッドエデンへと帰国した。コルテックス作の魔道具"どこにでもドア"を使って、まるで別の部屋にでも入るかのように、遙か遠くのミッドエデンへと帰っていったのだ。
狩人たちが滞在していた間、言葉少なめだったルシアは、2人が去った後で、しょんぼりと獣耳を倒していた。彼女は申し訳なく感じていたのだ。ワルツがレストフェン大公国にいるのは、元を質せばルシアがミッドエデンに帰りたくないと言い始めたことがきっかけなので、ワルツがユリアに帰国しない旨を伝えたことも、ルシアが原因だと言えなくなかったのだ。
「……はぁ」
ルシアは疲れたように溜息を吐いた。そこに、普段のハツラツとした彼女の姿は無く……。落ち込んでいるのは誰の目にも明らかだった。
そんなルシアの様子に気付いたワルツは、妹の席の隣に腰を下ろすと、率直に問いかけた。
「ルシア……。ミッドエデンに戻りたい?」
今のルシアの憂鬱な気分を解消するためには、ミッドエデンに戻ることが最適解だった。ルシアは誰にも何も言わずに失踪したことを悔いているのだから、一旦、国に戻って、皆に謝罪をしてから再びレストフェン大公国に戻ってくれば良いのではないか、とワルツは考えていたのである。一方で、思考の半分くらいは、面倒なのでこのままでも良いのではないか、などと考えていたようだが、いずれにしてもワルツは自分では決めず、ルシアに選択を委ねることにしていたようである。
対するルシアは、狩人たちが消えた扉へとチラリと視線を向けた後、再び俯いて考え込む。そして、決心をしたようにこう言った。
「……私も今はミッドエデンに帰らない。帰ったらきっと、皆の優しさに甘えて、ここに戻ってこられなくなる……そんな気がするから」
「……本当に良いのね?」
「お姉ちゃんたちがいるなら大丈夫。お寿司は……うん。テレサちゃんに作って貰うからいい!」
そう言って何かを期待するような目を向けてきたルシアに対し、テレサは肩を竦めた。そして、アステリアの尻尾にロックオンしていた視線を、どこか面倒くさそうにルシアへと向ける。
「ア嬢?寿司を作ると言っても、材料はどうするつもりなのじゃ?流石の妾でも、無からは寿司を作れぬのじゃ?」
レストフェン大公国で流通している食材には、米も酢も醤油も、あるいはお揚げも豆腐も無いのである。ほぼ材料が無い状態から稲荷寿司を作るというのは困難極まりない事で、テレサとしてはやりたくなかったようである。もしも彼女に出来る事があるとすれば、ミッドエデンまで買いに行くという、所謂パシリをするか、あるいは畑を耕すレベルから食材を用意するかのどちらかしか無かった。いずれにしても気が向かないことに変わりは無い。
「前みたいに、大豆とその辺の石ころからお揚げを作るとかは?」
「揚げは良くても、米などの食材は石ころからは作れぬ。買ってくるか、畑を耕して作るしかないのじゃ」
「……そっかぁ……」
現状、稲荷寿司を作る事は困難。いっそのこと、畑ごと転移させてくるか、とルシアが諦めかけていたとき、2人の会話に口を挟む者が現れる。
『ようするに、ミッドエデンから食材を運んでくれば良いのですよね?分かります。えぇ、分かりますとも!』カサカサ
黒光りするボディーが特徴的な昆虫——のような見た目のポテンティアだ。
「殺——」
「いやいや、待つのじゃ?ア嬢。これはGではなくて、ポテなのじゃ」
「……?ああ、そうなんだ。紛らわしいなぁ……」イラッ
『もう、ルシアちゃんたら。僕のアイデンティティーをサラッと否定しないで下さいよー』
と、不満げに前足を組んだ後で、ポテンティアはこんな提案を口にした。
『次回の食料輸送の際に、食材を運んできますよ?』
「ホント?!」ガタッ
ルシアが食いつく。
『えぇ、本当ですとも!』
「やったっ!」
思わぬ吉報だったためか、ルシアは嬉しそうにその場で跳ねた。
ただ——、
「……ポテの話を聞く限り、寿司そのものを運んでくるのではなくて、材料を運んでくるように聞こえるのじゃが、気のせいかの?」
『流石にこの格好ではお寿司を買いに行くことは出来ませんからねー』
「……人の姿になって寿司を買ってくれば良いのに……」
——結局、稲荷寿司を作らなくてはならないテレサとしては、納得できかったようだが。




