14.6-31 支援31
この日、急遽、ジョセフィーヌ主導で、学院内で大きな実験が行われることになった。自動杖で部屋を冷却して冷凍庫に出来るのか、検証してみようという実験だ。どうしても急がなければならないという実験ではなかったが、ジョセフィーヌの意向により、行われることになったのである。それほどまでにジョセフィーヌは、自動杖の可能性を確かめたくてしかたがなかったのだ。
「ジョセフィーヌ様。準備が整いました」
食堂の一角にあった倉庫の前で学院長のマグネアが、現場監督(?)となっていたジョセフィーヌに報告する。
ちなみに、どんな準備が整ったのかというと、いくつかあるのだが、まずは倉庫の中を空にした、という準備だ。これから倉庫の中で氷魔法の自動杖を発動させるのだから、下手をすれば倉庫の中はカチンコチン。仕舞い込んでいるものがダメになる可能性があったので、外に取り出す必要があったのである。
次に、倉庫の中の断熱処理である。これはワルツからのアドバイスだ。石の壁がむき出しの建物内で冷蔵庫のような冷たい部屋を作ると、熱が外から入り込んでくるので、効率が悪くなる。ゆえに、壁に木の板を張って断熱をした、というわけだ。
そして最後。これは単純で、自動杖への魔力の充填である。魔力を充填させておかなければ、ワルツの自動杖体験の時のように、悲しい展開になるので、一部の教員が特に率先して自動杖への魔力の充填を行ったようである。まぁ、誰とは言わないが。
結果、すべての準備が整ったことを確認したジョセフィーヌが言った。
「……では、ワルツ先生。よろしくお願いいたします」
「……は?」
ワルツは思わず聞き返す。なぜ自分に話が振られるのか、まったく理解出来なかったのだ。いったいどんな無茶振りなのか……。多くの学生たちや教員たちの目がある中、ワルツは目を点にしながら唖然とした表情をジョセフィーヌへと向けた。
対するジョセフィーヌが、唖然とするワルツに何を思ったのかは定かでない。彼女はただニッコリと笑みを浮かべて、ワルツへと向かってこう口にする。
「発案者はワルツ先生ではありませんか」
「えっ……いや……たしかに、冷凍庫を作るのに自動杖を使えば良いんじゃないかとは言ったけど、あれが発案なの?」
「はい」にこっ
「あっ……そ、そう……」
ジョセフィーヌから帰ってきた即答に、ワルツは反論の一つも出来ぬまま、倉庫の入り口の前に立つ。その際、彼女は後ろをまったく振り向かなかった。オーディエンスたちのことを見てしまえば、集中できなくなる気がしたらしい。
そんな彼女が立った倉庫の入り口からは、扉が取り外され、その代わりに本棚のようなものが備え付けられていた。自動杖がロケットランチャーのごとくずらりと並べられた棚だ。
棚に入った自動杖の魔法陣には、なにやら銀色のワイヤーのようなものが取り付けられていて、それが1つに束ねられ、箱の中に入っていた。見た目は大規模な打ち上げ花火の発射台のよう。どうやらすべての自動杖を一斉に発動させるための機構のようだ。
「これを押せば良いのね?」
ワルツがジョセフィーヌに問いかけると、返答はハイスピアから飛んできた。
「その魔法陣に手を触れれば、触れている間だけすべての自動杖が発動します。ただ——」
ぽちっ
「あ、ごめん。もう押しちゃった」
ハイスピアが何か忠告を口にしようとしているのを最後まで聞くことなく、ワルツは手元の小さな魔法陣に指を乗せた。その直後——、
ドゴォォォォォッ!!
——と猛烈な冷気が自動杖の束から生じる。
「ほほぉ!」
ワルツは大喜びで魔法陣に手を触れ続けた。冷気を吹き出させるなど、機動装甲があったころでも出来ない事で、自然とテンションが上がってしまったのである。
そのせいか、彼女は気付いていなかった。自動杖から発生した冷気が、どこにも飛んでいかずにその場に留まって、彼女の周囲の地面や壁、あるいは棚そのものをカチカチに凍らせてしまったことに。その温度、実にマイナス120度。最早、人間が耐えられるような温度ではなかった。
影響はワルツの周囲だけに留まらない。彼女の実験を観察していたオーディエンスたちのことも、凄まじい冷気が襲い掛かる。
結果、ハイスピアは叫んだ。
「ワルツさん!すぐに手を離して下さい!」
彼女は実験前に、こう忠告したかったのだ。……もしかすると冷気が上手くコントロールできなくて、周囲をカチカチに凍らせてしまうかも知れないので、何かあったらすぐに魔法陣から指を離すように、と。
しかし、覆水盆に返らず……。ワルツの姿は、真っ白な冷気のベールの向こう側へと消えてしまったのである。




