14.6-26 支援26
ルシアの暴虐を受けたジャックは、凄まじい勢いで吹き飛ばされ、200mほど美しい放物線を描いたところで——、
フワリ……
——と地面に下ろされた。もちろん、怪我はしていない。その証拠に、ジャックは地面に下ろされた場所で、棒立ち状態で固まっていたようである。あぁ、風に吹かれれば簡単に倒れてしまう可能性も否定はできないが。
騒がしかったジャックに対して暴虐の限り(?)を尽くした後、ルシアは一言くちにする。
「……テレサちゃん!今の見た?すごいね!あの人、空飛べるんだよ?」しれっ
まるで自分がしたことではないかのように、ルシアはテレサに話を振った。
対するテレサは、服に付いた土埃を払いながら、ルシアが何を言ってるのか分からない、と言いたげな表情を浮かべるものの、空気を読めない訳ではなかったので相づちを打つ。
「……そうじゃのー」棒
2人のやり取りを聞いていたアステリアも、空気を読む力はあったようだ。
「す、素晴らしい学院ですね。まさか、空を飛べるような魔法を学べるなんてー」棒
なお、最後のワルツだけは——、
「えっ……あれ、本当に空を飛んでったの?!」
——いつも通り、空気を読めなかったようである。
「いやいやいや、ありえn——」
「(騎士団長殿!ここは黙って頷いておくところなのじゃ!お主もあれと同じようになりたいのかの?)」
「……す、すごいなー。今度どうやって飛んだのか教えて貰わないとなー」棒
誰の目から見ても茶番としか思えないやり取りだったが、バレストルも頷いたことで、皆、そういうものだと思ったようである。その後で、ジャック少年が、学生たちから好奇の目を向けられることになったようだが、それがルシアの意図した事なのか、そうでないのかは不明である。いずれにしても、空を飛んだ彼は、一躍"時の人"になるのであった。
◇
というわけで、一行はどうにか窮地を脱して、ジョセフィーヌがいる大講義室までやってきた。そこでは騎士たちが忙しなく動き回っており、書類の整理や報告などを行っていたようである。大講義室がジョセフィーヌたち反政府組織の中枢と化していたのだ。
「マスターワルツ。ご足労頂きまして、ありがとうございます」
「そのマスターっていうの、いい加減どうにかならないかしら?」
「……?師と仰いでいる方のことを"マスター"と呼ぶのは自然な事だと思いますが……分かりました。ではワルツ先生とお呼びします」
「もう……好きにして……」げっそり
「では、ワルツ先生。まずは昨日のことについて、感謝の言葉を贈らせて下さい。大変助かりました。ワルツ先生がいなければ、私たちは今頃、この世にはいなかったかも知れません」
「あぁ、誘拐された話ね。別に良いわよ?私たちが動いたわけではないんだし……。ねぇ、ポテンティア?」
ワルツが呼びかけると、大講義室の机の隙間からカサカサと1匹の黒い物体が這い出てくる。
その姿に気付いた騎士たちは、黒い物体に対し、溢れんばかりの殺意を向けるが、黒い物体がその気配に臆するようなことはなかった。彼は堂々とジョセフィーヌの前までやってくると、お尻を地面に付けて座り、そして前足4本を地面から離して、後ろ足だけで立ち上がった。
対するジョセフィーヌは、その黒い物体を見ても、驚いた様子を見せない。ただし、彼女が、その黒い物体の正体を知っているわけでもない。彼女は根っからの箱入り娘だったせいで、黒い虫に対するアレルギーが存在しなかったのだ。
そんなジョセフィーヌに対し、黒い物体——もといポテンティアは言った。
『おや?僕の姿を見ても驚かれないのですね?』
「む、虫さんが言葉を?!」
『おやおや?初めて見るタイプの反応です。これは好感度が高くなりますよ?』
ポテンティアがそう口にした瞬間だった。
カサカサカサ!
カサカサカサ!
カサカサカサ!
ゴゴゴゴゴゴ!
会議室の至る所から黒い虫たちが湧き出てきたのだ。
その様子を見た騎士たちは、大混乱に陥った。慌てて机の上に飛び乗ったり、必死になって潰そうとしたり、死に物狂いで部屋から逃げ出す者まで出たりするという始末。ポテンティア的に言えば、好感度は低いと言える反応を見せる者たちばかりだったようだ。
一方、ジョセフィーヌには逃げ出す素振りは無い。黒い虫たちが集まって人の姿を形作っていく様子を、一歩も引くこと無くその場で見ていたのである。尤も、引いていなかったのは足だけで、表情は流石に引き攣っていたようだが。
しかしそれもすぐに変わる。黒い虫たちが一塊になったあとで、そこから現れた人物の顔を、ジョセフィーヌはよく覚えていたからだ。
「あぁ!あなたは!」ぱぁ
『昨日ぶりですね。ジョセフィーヌ様。僕の名前はポテンティア。賢者様の弟子をしている者です』
そう言ってポテンティアは、恭しく頭を下げた。




