14.6-23 支援23
ポウッ……
それは小さな炎だった。蝋燭並みに小さく、ランタンよりも暗い、今にも消えてしまいそうなほど弱々しい風前の灯火だ。
しかし、一人の少女にとっては、見える世界すべてを燃え上がらせるほどの激しく強い炎に見えていたようだった。
「…………」
杖の先から飛んでいかず、ライターの炎のようにユラユラと揺れるその炎を見たワルツは、何も言わずにその小さな光を見つめていた。炎を映す彼女の目は、キラキラと輝いていて、口は開けられたまま。もはや、炎しか見えていないと言えるような様子だった。
それが数十秒ほど経ったところで、ハイスピアはここまでの生徒たちと同じように、炎の投擲を指示しようとする。しかし、その直前、ワルツの口が動く。
「そっか……。私でも魔法が使えるのね……」
それからのワルツの行動に、ハイスピアは目を疑った。ワルツは杖を持っていない方の手で、炎を掴み取ろうとしたのだ。
「ちょっ?!ワルツさん?!」
「大丈夫です。体質的に火傷はしないで。あまりに感動しちゃったので、この炎が本当に炎なのか確かめようと思って……」
ワルツが言うとおり、彼女の火魔法が、彼女自身を焼くことは無かった。もちろん熱いものは熱いが、ワルツの手を焼く程には熱くなかったのである。1000度や2000度程度の炎では、彼女の身が焼けることはないのだ。
「あはは……本当に熱い。本物の炎だわ!」
「えっと……本当に大丈夫なのですか?」
「大丈夫です。これ、もう少し火力は強くならないですか?随分と小さい気がするのですが……」
「おかしいですね……。火力の設定は他の方々と同じはずなのですが、不良品だったのでしょうか?」
「おかしいといえば、さっきはなんで炎が出なかったんでしょうか?」
「ふぐっ?!……や、やっぱり不良品なのかもしれません」
ハイスピアは言い出せなかった。なぜ1回目の試行で火魔法が出なかったのか……。まさか自分の不手際で、自動杖への魔力の充填を忘れていたとは、キラキラとした視線を向けてくるワルツを前に言えるわけが無かったのだ。
「別の杖に——」
「いえ、この杖で構いません。初心者の私にはこれで十分です。でも、もうちょっとだけで良いので火力を強くして貰えると助かるのですが……」
「でしたら、二つ上の小さな魔法陣を触れれば火力が大きくなりますが——」
「あぁ、これですね」ぽちぽちぽち
「あまり押しすぎると火力が強くなりすぎr——」
ボウッ!
「ちょっまっ?!」
ワルツは炎に包まれた。一気に自動杖の出力が上がりすぎて、杖全体から炎が吹き出してきたのだ。本来であれば、自動杖から出た火魔法は、振りかぶって投げつけることが前提の使い方なので、遠心力の都合上、術者が炎に包まれてしまうことはないが、ワルツはこの時、最大火力でただスイッチに触れただけだった。その結果、大きな火球がワルツのことを包み込んでしまった、というわけだ。
ハイスピアからすれば、紛うこと無き大事故だった。事故が起こる可能性があるからこそ、ハイスピアは自動杖を全員に渡さずに、一人一人、手で渡しながら、自動杖の体験をさせていたのだ。
事態は最悪。ハイスピアノ教師生命終了と言っても過言ではない状況だった。
ゆえに、彼女は、慌てて水魔法を行使しようとした。無事であって欲しいと心の中から願いながら、彼女は自前の杖を手にして詠唱を始める。
とはいえ、彼女のその行動は、火魔法の炎に包まれた人間を助けるには、あまりに遅い行動だと言わざるを得なかった。火魔法は、ただの炎とは違い、対象そのものを加熱させる効果もあるのである。生物であれば、ほとんど一瞬で身体が炭化して灰になってしまう程の効果だ。ゆえに——、
「あはは!」
「ワ、ワルツ……さん?」
——炎の中で笑みを浮かべながらクルクルと回るなど、本来であれば不可能なはずだった。そんなことが可能だとすれば、別の魔法——例えば結界魔法を使って自分の身を守っているか、魔法から身を守るエンチャント済みの防具を多重に身につけているか、それ以外の何か——例えば火魔法程度では加熱できないほどの莫大な熱容量をもっているか……。
水魔法の行使を止めて冷静になって考えたハイスピアが辿り着いた結論が——、
「あぁ、そっか!。ワルツさんったら、最初から結界魔法を展開していたのですね!」
——という安直な推測になってしまったのは、この世界に生きている者にとっては自然な発想だった、と言えるかも知れない。




