14.6-14 支援14
拡声器を構える表現が無かったゆえ追記したのじゃ。
状況は複雑だった。ミレニアが透明な壁に体当たりして昏倒したというのは事故。そんな彼女にルシアが回復魔法を掛けていたというのは親切心。しかしジャックから見れば——、
「お、お前らがやったのかっ!!!」
——ルシアがミレニアに向かって謎魔法を掛けているようにしか見えず……。事態は混迷を深めていく。
「テ、テレサ!」
「仕方ないのう……。そこの少年。"ここで起こった出来事を忘れるのじゃ"」
テレサがそう口にした瞬間、今にもワルツたちに飛びかかってこようとしていた——つまり、透明な壁の第二の犠牲者になりかけていたジャックは、突如として棒立ちになり、そのまま動かなくなってしまう。テレサの言霊魔法の影響を受けて、記憶が消去され、思考が停止したのだ。
それによって事態は収拾したかと思われたが、むしろ、状況は更に悪くなっていく。
「今の声、何?」
「ちょっと!ミレニアが倒れてるじゃん!」
「やったのはあいつらか?!」
ジャックの声を聞いた生徒たちが、同じフロアにあったすべての教室から顔を出したのだ。
「終わった……」
ワルツは額に手を当てて天を仰いだ。状況は最悪。もはや言い逃れできないと思ったのである。少なくとも、ワルツだけなら、学生生活は終わりを迎えていたと言えるかも知れない。
しかし、その場にいたのは彼女だけではない。ミレニアへの治療を終えたルシアは、隣にいたテレサに対して、ジト目を向ける。
「テレサちゃん、なんでボーッとしてるの?やっちゃえば良いじゃん」
ルシアはテレサに対し、何をやれというのか……。言霊魔法による大規模記憶改ざんである。寮にいた学生たちの記憶を消したときのように、だ。
しかし、今のテレサは既に2本の尻尾を消費した状態。万全の状態でなければ、拡声器の魔道具を使っての大規模記憶改ざんはできない。
「尻尾の数が足りぬのじゃ……」
テレサがそう言ってしょんぼりと獣耳を倒すと、アステリアがとても照れた様子で、右手を差し出した。
「テレサ様。よろしければ私の魔力を使って下さい」
テレサは未だ、コルテックスに取り付けられた吸魔の魔道具(?)を装着したままで、背中ではパタパタとコウモリの羽のようなものが羽ばたいていた。つまり、テレサはアステリアの手に口づけをすれば、彼女から魔力が吸い取れるというわけだ。
アステリアのフサフサな手を見たテレサは、とても悩ましげな表情を浮かべた。嬉しそうであり、しかしそれを認めるのは沽券に関わる、と言わんばかりの表情だ。より具体的には、目はアステリアの手を睨み付けているというのに、口許はだらしなく緩んでいる、といった様子である。
「おっと涎が……」じゅるっ
この手を取ってベロンベロンにしてやr——口づけをすれば、魔力は回復できるだろうか……。テレサはいたって冷静に考えた。そう、彼女は淑女なのだ。元第四王女が醜態をさらすわけがないのだ。
「うへへ……お、おっほん。では、お手を拝k——」
テレサがアステリアの手を取ろうとしたその直前——、
ぶちゅぅ
——と、何か生暖かいものが顔に何かが当たる。
「うわ、なんか湿ってるし……」
「……ふぁひょう?ふぁにをふぃふぇおふのふぁ?(ア嬢?何をしておるのじゃ?)」
「テレサちゃんが何か気持ち悪い表情をしてたから、手で顔を押さえてみただけだけど?」
「……おぬひのても、なんふぁひめっへおるひ、しょっp——(お主の手も、なんか湿っておるし、しょっp——)」
「さっさと魔力を持ってってよね?」ドゴォォォォ
「?!」
テレサはルシアに魔力を押し込まれた。身体をまるで風船のように膨らませるかのような暴力的な魔力が体内で暴れ回るが、それらはすべて尻尾へと充填される。
テレサの尻尾が増えていく。1本だったものが、2本、3本……。気付くと9本まで増えていた。
「ぷはっ!も、もう良いじゃろ!」
「うわぁ……」
「……なんじゃ?その反応は」
「久しぶりに魔力を使いすぎた感じがする……」ゆらり……
「……いやいや、それは無いじゃろ。簡単に世界を滅ぼせるほどの魔力を持ったお主が、魔力切れとか……冗談じゃよな?」
「完全な魔力切れってわけじゃないけど、ほぼ魔力切れかなぁ……」
「……妾、魔法を使うのが恐ろしいのじゃ」
失われたルシアの魔力はいったいどこに行ったのか……。テレサは何かトンデモないものを受け取った気分だったが、学生たちを黙らせるためには魔法を使うほか無かったので、言葉を間違えないように最善の注意を払いながら、拡声器の魔道具を構えて……。そして、言霊魔法を放ったのである。いや、放とうとした、と言うべきか。
「あーあーあー……おっほん。"今から10分以内のことを皆、忘れるのじゃ"」
その瞬間、世界が止まった。学生たち、アステリア、ルシアを含めて、その場にいた者たち全員がピタリと動きを止めたのだ。それだけではない。外で飛んでいた鳥たちは地面に墜ち、動物たちも動かなくなり、学院全体だけでなく、公都や隣国、海を越えた先のミッドエデンまで、すべての人々が止まったのだ。
唯一動けたのは——、
「……これはダメなやつなのじゃ」
「何か、急に静かになったわね……」
——テレサとワルツ、あと時計くらいのもので……。この日、全世界の生きとし生ける者たちのほぼ全員が、10分間の記憶を失ったのである。




