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14.6-11 支援11

 その夜、ミレニアは眠ることができなかった。変な時間に眠っていたため、そして昼間に起こった出来事が頭の中で洪水のように暴れ回っていたために、まったく眠気がやってこなかったのである。


 結果、彼女は寮の屋上へとやってきていた。月は既に地平の向こう側へと落ち、夜空には満点の星々が浮かぶ。


 そんな空を流れる風は、この季節にしてはひんやりとしていたものの、ミレニアの頭と心を冷やすには至らなかった。それほどまでに、彼女の中に流れていた濁流は、彼女自身にもどうにもならないほどの熱を帯びていたのだ。


「はぁ……結局、名前を聞けなかった……」


 ミレニアは呟きと共に溜息を吐いた。その呟きは、夜に目を覚ましてからというもの、1回や2回というレベルではなく、もはや数え切れないほど零れていて……。止めどない泉のごとく湧き出てきていたようである。


「次に会ったときは、必ずお名前を……」


 ミレニアはそう言って、胸の前で祈るように手を合わせた。空で輝く星に願いを届けるようだったとも言えるかも知れない。


 と、そんな時だ。


   カサカサカサッ……


 何か言い知れぬ物体が屋上を駆け抜けたような、そんな気配がミレニアの背後から伝わってくる。その気配を察したミレニアは、反射的に手を向け、そして言った。


「滅びなさい!虫けらが!」


 ミレニアから吹き出したのは殺意。彼女は躊躇無く、氷魔法を放つ。


 この時の彼女は、異様な反応速度だったと言えた。冒険者たちに襲われた際に使えていたなら、結末はまた変わっていただろうと思えるほどの速度で、彼女は無詠唱の氷魔法を炸裂させた。


 無詠唱ゆえに威力はそれほどでもなかった。しかし、黒い昆虫に対する効果を考えるなら、十分すぎるほどの威力を持っていた。


 その魔法はミレニアの十八番(おはこ)。大嫌いな黒い虫を殺害するためだけに特化した殺虫冷却魔法とも言える速射系の氷魔法だったのだ。


 しかし——、


「……嘘。外しちゃったの?」


——自信をもって放った彼女の魔法は、黒い虫には当たらなかったらしい。光魔法で辺りを照らし出しても、そこに広がっていたのは凍った屋上の床のみ。運悪く居合わせた羽虫が数匹程度氷漬けにされているだけだった。


「……はぁ」


 自信のあった魔法を外したミレニアは思わず溜息を吐く。彼女の憂鬱な夜は、まだ始まったばかりだった。


  ◇


 翌朝。


『ちょっと、聞いて下さいよ!テレサ様!』


 地下空間にあるワルツの家で、黒い小さな物体が、キッチンの上で憤慨していた。昆虫スタイルのポテンティアだ。


「……お主、土足でキッチンに上がるとは、良い度胸をしておるようじゃのう?」ゴゴゴゴゴ


『いえ、家に入る前に、足は洗いました。それに、今、机に触れているのは腕です。後ろ足は浮かせていますよ?ほら。蚊みたいに』


「それはそれで、なんかゾワゾワしてくるのじゃ……」げっそり


『まぁ、そんなことは良いのです。それよりも聞いて下さいよ。昨日、僕が救い出したミレニアって子がいましたよね?彼女がまた誰かに襲われないようにと、物陰から静かに見守っていたのです。そうしたら、何か悩ましげに寮の屋上でブツブツと言っていたので、相談に乗ろうかと思って話しかけようとしたのですよ。で、物陰から出た途端、どんな事になったと思います?いきなりの魔法攻撃ですよ!しかも僕に向かって、この糞虫が!って暴言も吐いてきたのです。あ、いえ、虫けら……だったかな?まぁ、どちらでも良いんですけど、酷いと思いませんか?命を救ったのに、散々な言われようです!』


「そりゃ、虫の姿をしておれば、散々な言われ方をされて当然じゃろ?」


『……まったく、人の考え方はよく分かりません。(なり)なんてただの飾りでしかないというのに……』


 ポテンティアがそう口にした瞬間、家の隅々から黒い虫のようなものが一斉に集まってくる。その様子を見たルシアが半狂乱になり、魔法を乱射しようとしていたところをワルツとアステリアが羽交い締めにして、どうにかルシアの事を沈めた頃には、黒い虫たちは一塊になり、人の姿のポテンティアを形作っていた。それも、学院の男子学生が着るような制服を身につけた状態で。


『なぜ人間という生き物は、人の姿に拘るのか、まったくもって理解出来ません』ぷんすか


「……知らぬ。というか、人間ではない妾に相談されても困るのじゃが?他を当たって欲しいのじゃ」


 そう言いながら、5人分の弁当を淡々と作っていくテレサ。その際、彼女の後ろの方から、弁当の中にポテンティアが入っていないか、というルシアの叫びに近い問いかけが飛んできたようだが、当のポテンティアはどこ吹く風。ルシアの発言の意味も理解出来ていなかったようだ。


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