14.6-10 支援10
ミレニアたちが眠った頃、ポテンティアの馬車は、ワルツたちの自宅がある村へと到着した。乗客2人が移動中に眠ったのを見計らって、空を飛んで森をショートカットしたのだ。その頃には周囲の景色も暗くなっていたので、ポテンティアの馬車が空を飛んでいた様子を見た者はいないはずだ。だが、もしも見ていた者がいたなら、きっと新しい種類の魔物が現れたと思ったことだろう。
ポテンティアが村に着くと、別のポテンティア経由で事前に連絡を受けていたワルツたちが、彼らの事を出迎える。
「お疲れ様。ポテンティア……じゃなくて、ポテンティアmk2って言えば良いのかしら?エネルギアmk2みたいに」
『いえ、僕らは姉さんとは違って、すべてひっくるめてポテンティアなので、"ポテンティア"とお呼び下さい』
「何となく、難儀ねぇ……」
『そのような事はありません。とても単純な話です。単に、僕も』『僕らも』『『『ポテンティアなだけです』』』
「そ、そう……(説明がイマイチよく分からないけど、そういうものなのね……)」
ポテンティアたちによるコーラス(?)を聞いた後、ワルツは、ジョセフィーヌとミレニアの処遇について切り出した。
「それでさ、ポテンティア。もう一つお願いがあるんだけど、このまま2人の事を、学院まで送り届けて貰えないかしら?このままここで目を覚ましたら、私たちが救助に関与したってことになって、騒ぎになるでしょ?もしかしたら、誘拐にも関与しているかもって疑われるかも知れないし……。ってわけだから、厄介ごとを避けるためにも、2人の事を本来あるべき場所に送り届けて欲しいのよ」
『なるほど……確かにそうかもしれません。特にミレニア様は年端もいかない少女です。問題が大事にならないよう、誰にもバレないよう送り届けましょう』
「そうして貰えると助かるわ?すまないけど頼んだわね?ポテンティア」
『承知いたしました』
ポテンティアはそう言って恭しく頭を下げると、再び馬車に乗って村を出発した。向かう先は山の上にある学院。時間はもう少しで夜半といったころで、月が地平の向こう側に落ちかかっていたようだ。
◇
ミレニアの意識は夢と現との合間で漂っていた。起きなければならないと心のどこかで思っていても、精神的な疲れが大きかったので、身体が睡眠を欲していたのである。彼女はまだ少女。表面上は大人びた雰囲気を纏っていたが、か弱い精神は子どものままだったのだ。
そんな彼女は今、フワフワとした感覚の中にいた。何か大きなものに包まれているという感覚で、例えるなら空飛ぶ布団の中にいるような、そんな不思議な感覚に包まれていた。結果、彼女の浮かび上がりつつあった意識は、再び眠りの底に沈んでいきそうになる。
しかし、不意にひんやりとした何かが背中に触れてからというもの、彼女意識は急激に覚醒していった。ただし、ひんやりと言っても、冷たいというわけではない。よく知っている肌触りの何か……。何だろうかとよく考えてみると、ミレニアは間もなくして、それが布団である事に気付く。
「う、うぅん……」
微睡みの中にいた意識が、ようやく現実へと戻ってくる。ミレニアはボンヤリとした頭をゆっくりと持ち上げて周囲を見渡した。
「私の……部屋?」
なぜ寝ていたのか。いつから寝ていたのか。そもそもいつ部屋に戻ってきたのか……。そんな事を考えていると、彼女は視界の端の方に、何か黒い影のようなものを見つける事になった。
それは人の姿をした黒い何かだった。窓の向こうで光る月のせいで、誰が立っているのかは分からない。
普段であれば、自室に知らない人物がいれば、ホラー以外の何者でもないのだが、ミレニアの混乱した頭が、ある1つの可能性に辿り着くのにそう時間は掛からなかった。……その黒い人物は自分の事をここまで運んできてくれたのではないか。そしてその人物は——、
「ま、待って!」
——自分の命を救ってくれた"少年"なのではないか……。ミレニアは慌てて声を上げるものの、その人物は空いていた窓の外にフワリと浮かんで、そのまま月の光に溶けるようにして消えてしまった。
「…………」
ミレニアは少々混乱気味の頭で考える。また少年の名前も聞けなかった上、感謝の言葉も伝えられなかった……。考えれば考えるほど、そんな後悔が頭の中に広がっていく。
「……はぁ……」
ミレニアは、思わず溜息を吐いたようだ。溜息があまり良いことではないと分かっていても、止められなかったのである。
心の奥底から湧き上がってくるその感情は、幼い彼女の心では抑えきれなかったのだ。




