14.6-09 支援9
3人を乗せた馬車が街道を走る。真っ黒な馬に、真っ黒な馬車。どんな材質で作られているのかも分からない謎の馬車だったが、そこに乗っている者たちは馬車の構造のことなど誰も気にしていなかったようである。強いて言うなら、ジョセフィーヌ辺りが不思議そうな表情を浮かべていたことくらいか。
ちなみに、馬車は殆ど揺れていなかった。マイクロマシン集合体で作られた馬車なので、地面に追従して動くフルアクティブサスペンションを完備していたからだ。ただ、あまりに揺れなさすぎると警戒されるかも知れないとポテンティア会議(?)で指摘があったので、多少は揺れるように制御されていたようである。なお、見た目が怪し過ぎるという指摘は誰からも上がらなかった模様。
カッポカッポという音を上げずに静かに歩いていく馬の手綱を握りながら、ポテンティアが御者のまねごとをしているその後ろの荷台では……。ミレニアがまた落ち着き無くソワソワしていたようである。右を向いてはポテンティアを見て、左を向いてはポテンティアを見て、そして俯いた後もまたポテンティアの方へと視線を向けていた。
そんなミレニアの不審な様子に気付いたジョセフィーヌが、心配そうに問いかける。
「ミレニアさん、大丈夫ですか?少し休憩した方が良いのではないですか?」
ジョセフィーヌの問いかけに、ミレニアは首を横に振って否定した。
「い、いえ、大丈夫です。体調が悪いとか、そういったことはありませんので……」
「そうですか。それなら良いのですが……」
「…………」そわそわ
「……やはり、何か我慢されていることがあるのではないですか?」
ジョセフィーヌは気になったのか、ミレニアに再度問いかけた。
するとミレニアは、今度は膝の上でギュッと両手を握り締めると、俯いたままの状態で、とても喋りにくそうにこう言った。
「まだ……名前も聞けていないのです……」
「えっ?あぁ……彼の名前のことですか」
どうやらジョセフィーヌが想像していたことと、ミレニアの返答は異なっていたらしい。
「助けていただいたのに、名前も聞けていないですし、こちらからも名乗れていませんし……感謝の言葉すら伝えられていません。それが心苦しくて……」
御者席にいるポテンティアにはギリギリ聞こえないほどの大きさの声で、ミレニアは絞り出すようにそう言った。
対するジョセフィーヌも、ポテンティアの名前は知らなかったが、誰の関係者で、どんな性格をしていそうなのかは今までの言動から分かっていた。そのため、今まで名前を聞こうとはしてこなかったのだが、確かにミレニアに言われたとおり、命を救ってくれた"少年"に対して感謝の言葉は伝えておくべきだと考えたらしく、彼女は"少年"に話しかけようとした。
「あの——」
その瞬間である。
『お二人とも!頭を下げてください!』
タイミング悪く、"少年"もといポテンティアが声を上げた。
焦った様子のポテンティアに言われたとおり、ミレニアとジョセフィーヌは慌てて頭を下げた。すると馬車の直上を——、
ヒュンヒュンッ!!
——と何か空を切るような音が流れていく。矢が飛んできたのだ。それも大量に。
矢が飛んできた方に意識を向けながら、ポテンティアが苦々しい表情を浮かべる。
『ここは森の外。森に入れなかった冒険者たちが、森の外で僕らのことを待ち伏せしていたようです!すこし速度を上げます!振り落とされないように掴まっていて下さい!』
その途端、一気に馬車の速度が上がる。道も荒れ果てた山道のような道なので、馬車もボンボンと跳ね上がった。たとえアクティブサスペンションを装備していたとしても、それなりの振動がミレニアたちを襲う。
「「きゃっ!!」」
ミレニアとジョセフィーヌは必死で馬車の壁にしがみついた。振り落とされたり、矢に当たったりすれば即ち死あるのみ。2人は無我夢中で、馬車の外で起こっている出来事には気が向かない様子だった。
そのためか、2人は馬車が具体的にどの程度の速度で走っていたか覚えていなかったようである。覚えているのはただ速かったということだけだ。スピードを出せば、本来なら突き抜けていくだろう風が吹いてこないことにも気付いていなかった。ただ必死に、落ちないことだけに意識を集中し、荷台の中で縮こまっていたのだ。
それが何分か、何時間か……。しばらく続いたところで馬車の速度はようやく落ちた。その頃には、馬車は森の中を静かに走っていて……。そしてミレニアもジョセフィーヌも、あまりに長く緊張が続いたためか、疲れて眠ってしまっていたようである。
冒険者「あ、あれは馬車なんかじゃねぇ……新種の魔物だ!」




