14.6-08 支援8
ジョセフィーヌの問いかけを有耶無耶にした後。ポテンティアは、ミレニアたちに建物から出るよう呼びかけた。彼はエスコートするように、先頭を切って、家の外へと歩み出る。
その時点で、ポテンティアによる移動の準備は整っていた。小屋の外に、馬車——の形をした自分の分体を用意しておいたのだ。
ポテンティアはそんな場者(?)の前に立つと、素っ気ない様子でこう言った。
『おや、見て下さい。丁度良いところに馬車があります。これに乗って近くの村か、学院まで向かうとしましょう』
ポテンティアの提案を聞いたジョセフィーヌは、もはや何も問いかけようとはしなかった。ポテンティアがワルツの関係者だというのは察したので、心配の"し"の字もしていなかったのである。もはや、彼女としては、旅行に出かけるのと同じ気分だったと言えよう。
一方で、ミレニアは対照的に、心配事——いや気になっていたことがあったようである。彼女は俯いて、時折チラチラとポテンティアのことを見上げては、また俯く、という謎行動を繰り返した後。どこか覚悟を決めた様子で、ポテンティアに向かって問いかけた。その際、怒鳴るように問いかけてしまったのは、勢い余ったせいか。
「えっと……あの……お、教えて下さいっ!」ドンッ
『はい?何でしょう?』
「あ、あなたの——」
と、ミレニアが口にしようとしたときだった。突然、森の気配が変わる。具体的には近くにあった茂みの向こうが騒がしくなり——、
グォォォァァァァァッ!!
——クマの魔物が現れたのだ。
その姿を見たミレニアは、ポテンティアに何かを問いかけようとしたことも忘れて、顔を青ざめさせた。なにしろそのクマは、森の主ともいわれているほどの凶暴な魔物で、S級やA級の冒険者たちが寄って集って相手をしなければ勝てないほどの化け物だったからだ。当然、学生が戦える相手ではない。
ミレニアは「ひうっ?!」と息が詰まったかのような小さな声を出して、後ずさった。正面から戦えば勝てないのは明らかで、逃げられるかも分からない状況なのだ。命の危険を感じて後ずさっても仕方はない。
ちなみにジョセフィーヌは、一瞬だけ驚くものの、すぐに落ち着いた様子だった。ポテンティアがその場にいた上、彼には驚いた様子も警戒した様子もなかったからだ。つまり、現状は危機的状況でもなんでもない……。すぐにそう察したのである。
実際、彼女の予想通りだった。ポテンティアは、現れたクマの魔物など気にしていない様子で、急に返答を止めてしまったミレニアを不思議そうに、そして真っ直ぐに見つめて、首を傾げていたようである。
『どうかされたのですか?』
「う、う、後ろ……後ろっ!」
『後ろ……?あぁ、森のクマさんが1匹いますね』
「えっ……ク、クマさん?!」
『えぇ、ただのクマさんです。ほらほら可愛いですねー』
ポテンティアはそういって、まるで犬でも撫でるかのように、自分の身体よりも10倍以上大きなクマの方へと歩いて行った。
その様子を見ていたミレニアは絶望した。流石の"少年"でも、森の主たるクマには勝てないと思ったのだ。
一撃でやられる……。どうにか彼を救うことはできないか……。ミレニアは必死になって考えるが、彼女が答えに辿り着くよりも先に、事態は進んでいく。
『お手!』
ポテンティアが満面の笑みを浮かべてクマの方へと手を出した。彼がいたのはクマの間合いだ。クマがやろうと思えば、いつでもポテンティアに爪を立てることが出来る距離だった。
しかし、クマはポテンティアを攻撃しようとはしなかった。ミレニアたちからは見えなかったが、クマは小刻みに震えていたのだ。
それも仕方ないことだと言えよう。クマから見たポテンティアの身体には、無数の目が浮かび、その視線が一斉にギョロリとクマのことを射貫いていたからだ。
「キャインッ!!」
クマが逃げていく。負け犬のように逃げていく。あまりに慌てていたためか、周囲の木などに身体をぶつけて、それら障害物を根こそぎなぎ倒しながらだ。
対するポテンティアはそんなクマの事を追いかけようとはしなかった。理由は単純。
『おや、残念。……まぁ、いいです。クマさんのお肉は、人間には食べられない部分が多いですからねー。夕食のために捕まえようかとも思いましたが、ここは逃がしてあげましょう』
あまり食に適さないと聞いていたので、逃がしたのである。
そう言ってポテンティアが振り向いた頃には、彼の身体は元の姿に戻っていて、ただただ爽やかそうな笑みをミレニアたちへと送った。その結果、ミレニアの頭から、何か湯気のようなものが吹き出ていたようだが、ポテンティアがその理由に気付くことはなかったようだ。




