14.6-06 支援6
牢屋の中が光に包まれた途端、ミレニアは自分たちの最期を悟った。そして同時に思う。……男子学生はなんてことをしてくれたのだ、と。怒りすら込み上げていて、もしもこの先、機会があったなら、思い切り平手打ちを食らわせてやろうと思うほどだった。尤も、猛烈な光と音の中では、すぐにかき消されてしまう程度のものでしか無かったようだが。
ミレニアは反射的に目を閉じた。周囲を閃光と爆音に包まれたので、意識しても目を開けていられなかったのだ。
ただ、彼女が小さくなって身構えていても、身体に痛みを感じる事はなかった。冒険者の1人が、何か爆発性の魔法を使ったのは確実なこと。その爆風によって身体を削られるのか、吹き飛ばされるのか、あるいは炎に焼かれるのかは分からなかったが、とにかく何かしらの痛みを感じるような出来事に襲われるものだと、ミレニアは予想していたのである。
1秒経って、5秒経って……。しかし、何もやってこない。痛みや熱どころか、衝撃すら感じなかった。あったのは、最初の閃光と爆発音だけ。
結果、ミレニアが目を開けると、既に魔法の爆発による光は消えていたようである。そして彼女は同時に気付く。自分が——いや、自分とジョセフィーヌが、誰かの腕の中で守られていた事に。
『あちち……。もう、何してくれるんですか!マイクロマシンでも熱いものは熱いのですよ?まぁ、耐熱温度以下ですけれども……』
ミレニアとジョセフィーヌを守っていたのは、冒険者に喧嘩を売った少年だった。彼はいつの間にか、黒い大きなマントのようなものを身につけていて、それを壁にしてミレニアたちを助けたのだ。
「(魔道具……?)」
マントがまるで意思を持っているかのように動いたような気がしたミレニアだったが、どうやら見間違えだったらしい。少年が身につけていたマントは、近くで見てもただのマントだった。
「(わ、私ったら、今は死ぬかも知れない危険な時なんだから、集中しないと!)」
今は少年のマントが云々など考えている余裕がある場面ではない……。とにかく隙を見つけて、どうにかこの窮地を切り抜けよう……。そう考えたミレニアだったが、事態は急転直下を見せる。
「な、何だ、お前……」
魔法を放った冒険者の雰囲気が変わる。怒りや警戒といったものではない。驚愕と言える表情だった。他の2人も概ね同じだ。彼らも檻の中の3人が、魔法を受けても平気だった事に驚いている様子だった。
対する少年は、『やれやれ』と肩を落としながら、こう答えた。
『何だと言われましても、僕は僕です。屑冒険者さんに語る名前など持ち合わせていません。これ、重要な事なのでもう一度言い直しましょうか?屑冒険者さん』
彼の発言は、魔法を受ける前と変わらず攻撃的だった。冒険者たちの攻撃などまるで怖がっていない様子だ。
そんな少年の態度を前に、冒険者たちは話し合う。目の前には檻があって、反撃を受ける可能性は低かったので、油断してしまうのも仕方のないことだった。
「な、なぁ?こいつ、もしかしてヤバいやつなんじゃ……」
「ほ、ほら、この前もヤバいやついただろ?謎の魔法を使って、お前のことを全身肉離れにさせたやつ……」
「んなっ!お、思い出させるな!くそっ!古傷のように痛んできやがった……」
そんなやり取りをした後で、冒険者たちの表情にはより一層の警戒の色が浮かぶ。以前、テレサから受けた肉離れ魔法によって、冒険者の一人が生死の淵を彷徨ったことを思い出したらしい。
しかし、冒険者たちが考えていたような展開にはならない。少年はそもそもからして魔法を使えなかったからだ。
『檻があるせいか余裕の態度ですね?ではまずその態度から崩させて貰いましょう』
少年はそう言って、どこからともなく長い棒を取り出す。ワルツ辺りが見れば、それを日本刀だと表現していたことだろう。少年はその鋒を、檻の向こうにいた冒険者たちへと向けた。
その様子を見ていたミレニアは、一体何の意味があるのかと訝しんでいたようである。到底、刃物ではどうにもならないような檻の太い柱が、自分たちと冒険者たちとの間に何十本も立ちはだかっており、少年が冒険者に斬り掛かろうにも、彼らは少年の間合いには立っていなかったのである。
少年に助けられた事によって、一時は希望を取り戻したミレニアだったが、絶望的な状況に変わりは無かったので、彼女の目からは急激に希望の色が失われていきつつあった。
そんな彼女の様子に気付いたのか、少年がミレニアに向かってこんなことを言い出した。
『ミレニア様は、この程度の事で諦めてしまうのですか?』
「えっ……?」
『僕の大切な仲間たちは、誰一人として最後の最後になっても諦めたりなんかしませんよ?』
「いったい……」
『えぇ、いったい何の事を言っているのでしょうね。でも、多分、その答えを見つけるのはミレニア様自身だと思いますよ?』
そう言って、少年がニッと笑みを浮かべた瞬間だ。
チンッ
360度の全方位から、何か小さな金属同士がぶつかったような音が聞こえてくる。しかし少年は動いていない。彼は未だミレニアたちに背中を向けて、剣を構えたままだった。
ところが——、
カランカランカラン……
——檻を成していた金属の柱が、四つ角を残してすべて地面に転がり落ちる。その断面は何か滑らかなもので斬られたかのよう。
まさか、少年が斬ったのか……。ミレニアだけでなく、ジョセフィーヌや、冒険者たちまで全員が驚愕の表情を浮かべていると——、
フサァ……
——何か布のようにやわらかいものが地面に落ちる音が聞こえた。
「「「……んなっ?!」」」」
冒険者たちは慌てた。身につけていたものがバラバラになって地面に落ちたからだ。近くの森で頻発している冒険者襲撃事件のように。さらには——、
パサリ……
「「「か、髪の毛まで?!」」」
——頭に生えていたフサフサとした髪の毛も、まるでそり上げたかのように根元から地面へと落下する。
この時、冒険者たちはようやく確信したようだ。自分たちが何かトンデモない者を誘拐してしまったことに……。
そこからの彼らの逃走劇は目を見張るものがあった。少年の追撃すら許さないほどの勢いで、転移魔法でその場から姿を消してしまったのである。逃げ足だけは超一流と言えるだろう。
一方、残されたジョセフィーヌは、安堵の表情を浮かべてへたり込んでしまったようだ。緊張の糸が切れてしまったらしい。
そしてもう一人。ミレニアは、というと——、
「…………」
——無言のままその場で立ち尽くしていたようである。言葉も口に出来ず、ぼーっとした様子だ。放心していると言っても良いかも知れない。
ただ、そこに一言だけ付け加えるなら……。少年——ポテンティアの背中を見つめる彼女の頬には、何故か赤い色が浮かんでいたようである。




