14.6-05 支援5
ミレニアとジョセフィーヌは、転移魔法によって拉致されていた。実行犯は——、
「上手くいったようだな」
「失敗した場合のバックアッププランだからな。失敗は困る」
「くそっ……身体中がまだ痛え……」
——3人の冒険者グループ。以前、学院に襲撃してきてテレサに撃退された者たちである。
彼らは、先日、学院にやってきた際、学院の所々に魔法の罠を仕掛けていったのである。迷宮などで良く見かける転移の罠だ。ただし、普通の罠ではなく、少しカスタマイズされていたようだが。
普通の転移罠の場合、誰彼構わず転移させてしまうので、冒険者たちはジョセフィーヌが近付けば発動するよう転移の転移を改造したのである。それを学院の至る場所に設置して、そのうちのどれか1つでもジョセフィーヌが踏み抜けば、彼女だけを転移させられるという代物だ。
一般的に、魔法罠の改造というのは、超が付くほどに高度なことだとされていた。それを難なくこなしてしまう彼らは、紛れもなく天才だった。
それもそのはず彼らはS級の冒険者。しかも、レストフェン大公国ではなく、何十倍もの冒険者たちを抱える隣国の大国——エムリンザ帝国が誇る最高峰の冒険者パーティーだったのだから。
そんな彼らの姿があったのは、学院の周囲に広がる広大な森の縁。そこにあった隠れ家の中だ。偶然、森の外縁部に隠れ家を持っていて、そこで全身肉離れになった仲間の1人の回復を待ちながら、ジョセフィーヌが罠に掛かるのを待っていたのである。
彼らの拠点には、簡易的な牢屋が備え付けられていて、その中にジョセフィーヌの姿があった。檻の中にいたジョセフィーヌは、何が起こったのかまったく分からない様子で周囲を見回しながら唖然としていたようである。学院の廊下を歩いていたら、突然、景色が変わって檻の中にいるのだから当然の反応だと言えよう。
そんな彼女の横には、豆鉄砲を食らったような表情のミレニアがいた。彼女もジョセフィーヌ誘拐に巻き込まれてしまったのだ。ワルツたちの所に行こうと廊下を出たところで、偶然ジョセフィーヌに声を掛けられ、ワルツたちがどこにいるのかと聞かれて、一緒に行こう、となったのが運の尽き。あまりに唐突過ぎる展開に、まるで小動物のごとく小さくなって怯えるしかなかったようだ。委員長気質とは言え、彼女はまだ子ども。近くにいるのは見ず知らずの者たちだけなのだから、心細くなるのは自然な事だった。
冒険者たちは無事にジョセフィーヌを捕まえたことに安堵していた一方、余計な学生を捕まえてしまったことに舌打ちする。彼らとしては、学生にまで手を出すつもりは無く、ジョセフィーヌだけを捕まえたかったのだ。年端もいかない子どもを手に掛けるなど、冒険者としてあるまじき行為。ジョセフィーヌを捕まえる際に、多少なら死人が出ても良いという依頼内容になっていたものの、彼らの流儀的には受け入れられるものではなかった。
ゆえに、冒険者の1人が檻の中に向かって声を掛ける。
「すまねぇな。お嬢ちゃんたち。用があるのはそこにいる大公のジョセフィーヌ様だけだから、大人しくしていれば解放してやる」
対するミレニアは冒険者の言葉に目を見開いた。まさか一緒に転移させられた女性が大公ジョセフィーヌだとは思わなかったのだ。今の今までミレニアは、ジョセフィーヌのことを、偶然声を掛けてきた学院外の来客程度にしか考えていなかったのである。ジョセフィーヌが普段着を着ていたことも影響していたようだ。
「(う、うそっ……この人がジョセフィーヌ様?!)」
ミレニアの頭の中は真っ白になった。自分がなぜ捕まったのか、どうしてここにいるのか、これからジョセフィーヌがどうなってしまうのか、それらを瞬時に理解したのだ。彼女は祖母で学院長のマグネアから、公都で争乱があったという話や、ジョセフィーヌがそれに巻き込まれたという話、あるいは冒険者たちがジョセフィーヌを殺害しにやって来るかも知れないと聞いていたのである。彼女が思い浮かべた予想は決して明るいものではなく……。真っ黒に近いドス黒い未来だったようだ。
ただ……。彼女には想像出来ていないことが1だけあった。あまりにも大きな見落としだ。ジョセフィーヌもそうだ。冒険者たちに至っては論外。
『それは本当ですかー?』
冒険者たちの事をまったく信じていないような声がミレニアの背後から飛んでくる。少女のものとも、少年のものとも言えない中性的な声だ。
突然聞こえてきた声に驚いて、ミレニアが後ろを振り向くと、見慣れた学生服を着た、見慣れない学生がその場にいた。見た目的にも、やはり性別は不明。どちらかと言えば女子のように見えていたが、着ていた服は男子学生のものだったので、ミレニアは"彼"が男子学生なのだと思い込む。
そんな彼女の前で、少年は言った。
『もしかして、ジョセフィーヌ様のことを殺めた後で、僕たちにも手を掛けるのではないですか?碌に抵抗できない女性たちを誘拐している時点で、発言にまるで説得力がありません。まったくもって、冒険者の屑ですね』
まるで煽るかのような物言いの少年を前に、ミレニアは慌てに慌てた。彼女としては、隙を見つけて逃げようと思っていたのだが、少年が煽るせいで、その機会すら無くなってしまいそうだったからだ。
ゆえに彼女は慌てて少年のことを止めようとするのだが、時すでに遅し。冒険者の一人がカッとなったのか、檻越しに男子学生へと杖を向けたのである。
そして、その直後——、
ズドォォォォン!!
——牢屋の中は、光と熱に包まれた。




