14.6-04 支援4
ポテンティアがミレニアの接近を察知したわけだが、どうやら近付いてきていたのは彼女だけではなかったようである。
『おや?いつもの彼女の他に、もう一人おられるようですね。確かあの方はジョセフィーヌさんと言いましたか……』
ミレニアの隣にはジョセフィーヌが立っていて、2人並んで一緒に、ワルツたちの教室の方へと歩いてきているようだった。詳しい理由は不明だが、どうやら2人でワルツたちの事を探しに来たらしい。ジョセフィーヌの場合は、早朝にミッドエデンからの支援物資が届いたこともあって、ワルツたちに何か話したいことでもあったに違いない。
2人が教室の前に到着するまであと十数秒。ワルツはどうしたものかと一瞬悩むものの、2人に会いたくないわけでも、会うわけにいかない理由があるわけでもなかったので、今回はそのまま会うことにしたようである。彼女以外の者たちも同様だ。4人と1匹は、ミレニアたちが教室へとやって来るのを静かに待った。
2人が教室に到着するまでの間、ワルツは何故か落ち着きがない様子で、椅子の上で小さくなりながらソワソワしていたようである。その様子を見ていたルシアは、事情をなんとなく理解していたためか、半分ほど呆れたような表情を浮かべながら、姉に向かって問いかけた。
「お姉ちゃんもしかして、ジョセフィーヌさん……じゃなくて、ミレニアちゃんに会いたくなかったりする?」
対するワルツは首をブンブンと大げさに横に振りながら、ルシアの問いかけを否定した。
「そ、そういうわけじゃないわよ?べ、別に、ちょっとした勘違いで、この前、驚かせちゃったことを気にしてるー、とか、まともに会ったことがないからもう会わなくても良いんじゃないかなー、とか、そんなこと思ってないからね?」
「あ、うん。やっぱり予想通りだった」
「えっ?」
「ううん。今度はちゃんと会えれば良いね?」
ワルツが何を考えているのか確認した後、ルシアは話を誤魔化して、廊下へと注意を向けた。
対するワルツも、ルシアと同じように廊下に注意を向ける。妹が何か気になることを言っていたような気がするが、今はミレニアたちの事が気になって仕方がなかったのだ。
そして10秒が経過した。未だミレニアたちが来ないことにワルツが痺れを切らしている内に30秒が経過。人を待つことはこんなにも長く感じるものなのか、と思っている内に1分が経過する。しかし、それでもミレニアたちは来ない。
「……なんかおかしくない?ジョセフィーヌとミレニア、こっち来てるんじゃなかったの?」
まったく来る気配のないミレニアたちのことを考えながら、ワルツが首を傾げてポテンティアに問いかけると、ポテンティアは後ろ足4本で立ち上がりながら、2本の腕を組んで、そして小さな頭を傾げてこう答える。
『おかしいですね。確かにこちらに向かって歩いていたのですが、今確認したら、急に姿が消えてしまいました。教室にも戻っていませんし、階段の方に歩いて行った形跡もありません。壁や窓を抜いて外に出ていった様子もなさそうです』
ポテンティアの返答を聞いた後、ワルツの表情がとても微妙そうなものに変わる。ミレニアたちが来なくて嬉しそうでありながら、しかしミレニアたちのことを一応は心配しているという180度異なる感情が交じった表情だ。
「どこ行ったの?」
『物理的な移動ではなさそうです。恐らくは転移魔法かと』
「「「「転移魔法?」」」」
皆の声が重なる。驚きの声だ。
というのも、生徒は、授業中か実技中、あるいは教師が立ち会っているなど特殊な例を除いて、学院内で魔法を使うことは禁止されているからである。つまりルシアは、常に校則違反をしていることになるのだが……。まぁ、彼女の事はこの際、置いておくことにしよう。
魔法の使用が禁止されていたのは生徒だけではない。教員は例外的に使用を認められていたが、学外の者たちは原則として、魔法の使用は禁止されていた。もちろん、正当防衛などの真っ当な理由がある場合は別だが、現状、ジョセフィーヌもミレニアも、誰かに襲われているというわけではないのだ。しかも使用したのは恐らく転移魔法。学院内の移動のためだけに気軽に使えるような魔法ではなかった。バレたら始末書直行コースだからだ。
なにより、ジョセフィーヌは転移魔法を使えないはず。ミレニアの方は不明だが、歩きながら詠唱も無しに転移魔法を使うほどの技術は持ち合わせていないはずだった。もしもそんな高等な技術を持ち合わせていたなら、彼女はワルツとの模擬戦の際に、もうすこしマシな立ち回りをしていたはずだからだ。
「ジョセフィーヌったら、知らないうちに転移魔法を使えるようになったのかしら?」
「いや、それは無いじゃろ」
「じゃぁ、ミレニアが転移魔法を使ったって事?」
『そんな気配は無さそうでしたよ?ほんとうに忽然と消えた感じです』
「だったら、誰が転移魔法を使って、2人のことを移動させたのよ」
「「「『…………』」」」
教室の中を沈黙が包み込む。ワルツを含めた全員が、とある可能性に辿り着いたのだ。
すなわち——、
「「「「『誘拐された?!』」」」」
——転移魔法が使える第三者によって誘拐されてしまった可能性を。
ミレニア嬢が、無事にワルツに会える日はやってくるのじゃろうか……。




