6前-07 シリウスからの言伝7
翌日の朝。
来賓室に泊まっていたユキの様子が、何やらおかしい、という話をコルテックスから聞いたワルツが、朝食前に訪れる。
まぁ、コルテックスから言われなくとも、行く予定ではあったのだが。
「・・・ねぇ、貴女・・・溶けてない?」
来賓室の中へと入ったワルツが、ユキの姿を見て最初に言った言葉である・・・。
「す、すみません。まさか、部屋にも暖房があるなんて思わなくて・・・思わず使っちゃいました」
どう考えても暖房が必要とは思えない気温なのにもかかわらず、来賓室の暖炉では、薪がいい勢いで炎を上げていた・・・。
そのせいか、ユキは汗だく(?)で、身長が昨日よりも20cm程度小さくなり、今ではルシアくらいの高さしか無かったのである。
その様子を見る限り、溶けている・・・、としか言いようがなかった。
いや、若返っている・・・とも言えるだろうか。
「・・・どんだけ、寒がりなのよ・・・」
「いや、ボク、寒さには強いんですよ?ただ、暖かいのが好きっていうだけで・・・」
言うなれば、暑さにも寒さにも強いのだろう・・・。
まぁ、暑すぎると物理的に溶けるのだが。
「なんか、身体に悪そうだから、暖房は消しておくわね」
そう言って、重力制御を使い、今燃えている分の薪に空気を圧縮して送り込んで一気に燃え上がらせるワルツ。
すると薪は、一瞬、強い光と熱を発するが、すぐに灰になって消えてしまった。
ちなみに、なぜ薪の回りから空気を奪って消火しなかったのかというと、空気を奪っている間は薪の炎は鎮火するかもしれないが、重力制御を解除した時点で、高温の薪が再着火してしまうためである。
それはともかく。
一瞬の内に燃え上がった薪に恨めしそうな視線を向けるユキだったが、火が消えて灰になった辺りで、今度はワルツに対して爛々とした視線を向けた。
「もしかしてワルツ様って、炎を操る魔神なんですか?」
「いや、操ってるのは炎じゃないわよ・・・っていうか、何で魔神・・・」
ユキは昨日、一度も『魔神』という言葉を使っていなかったのだが、突然出てきた魔神発言に、頭を抱えるワルツ。
「あのー、ワルツ様が魔神だっていう話は、ボクの国では有名な話ですよ?それに、シリウス様だって、ワルツ様がこの国にいるから、支援を頼んだわけですし・・・」
「一応言っておくけど、私は魔神じゃないわよ?一般市民なんだから」
「はい。そういうことにして欲しいんですよね?分かります」
「絶対分かってないわよね・・・」
どうやら、ユキは、昨日のコルテックスの言葉で、事情(?)を把握したようである。
「でも、私を魔神って言う割に、なんで信書を見せてくれなかったの?」
「・・・申し訳ありませんが、シリウス様から頂いた言伝は『ミッドエデンの王に見せる』というものだったので、例えワルツ様が魔じ・・・一般市民であっても、それを曲げることは出来ませんでした・・・」
と、半ば、意味不明なことを口にするユキ。
・・・要するに、ワルツがミッドエデンの王をやっていると思っていたらしい。
「そう・・・」
(私がいることを知ってるのに、ミッドエデンが共和制になったことを知らないって・・・。どっから情報が漏れてるのかしら・・・)
王都にはシリウス麾下の諜報部員はいないかもしれないが、メルクリオやエンデルシアには今だ潜伏しているのである。
恐らくはそういったところから、情報が伝えられているのだろう。
・・・なお、現在の王都は、ワルツ式の住民管理が敷かれていることと、ユリアたち情報部が眼を光らせている事もあって、低レベルの諜報部隊が活動できるような環境には無い。
もしも諜報目的で侵入してきたとしても、情報部の暗躍によりニセの情報を掴まされ、撹乱されることだろう。
そしてそのニセの情報の流れを読むことで、一体どういった経路で情報が漏れ出しているのかを逆に調べられるという、現代世界の国家では一般的となっているシステムが導入されていたりする。
「ま、暖房は程々にね。使者に何かあったら、周りの国に示しが付かなくなるんだから」
「すみません、心配をお掛けして・・・。以降、気をつけます」
そう言って頭を下げるユキ。
「さてと。じゃぁ、朝食なんだけど、貴女、何か食べれないものとかある?もちろん、冷たいものの中で」
そんなワルツの言葉に、舌の根も乾かぬうちに『温かいものが欲しい』と言うのはどうか思ったのか、ユキは一瞬だけ悲しい表情を見せた。
「えっと・・・好き嫌いは無いですが、もしも冷たいものをご用意されるのでしたら・・・非常に言い難いのですが、冷たくても美味しいものを用意していただけると助かります」
・・・どうやら、味覚や嗅覚は人と同じようである。
「そう・・・。因みに、肉料理が良い?野菜料理がいい?」
「どちらでも構いませんよ」
「ふーん。まぁ、分かったわ。腕に縒りを掛けて、作るわね」
主に狩人が、である。
流石に、本物の一般市民である料理長に『雪女用の料理を作って』とは頼めないだろう。
「はい。お願いします」
そして雪女からのオーダーを取ったワルツは、厨房で仲間たちの朝食の準備をしていた狩人に伝える。
「冷たくて美味しい料理が食べたいんですって」
「随分、漠然としてるな・・・」
「難しいですかね?」
「もちろん、ただ冷やすだけじゃダメなんだろ?」
「そこまでは聞いて来ませんでしたけど、多分、違うんじゃないかと」
「そっか・・・」
アイスクリームはデザートだし、朝食から刺し身はどうだろうな・・・、と思う狩人。
「ま、なんか適当に考えてみるよ」
「すみません、お願いします」
そして狩人にユキの朝食を託したワルツは、人知れず外へと出て行った。
・・・その際、狩人は、
「あの、狩人様?そのような大きな声で独り言はどうかと・・・」
と、ワルツの姿が見えなかった料理長に、指摘されていたりする・・・。
「どうです?できそうですか?」
そして1時間ほど経った頃。
ワルツが厨房にやってきて、狩人に声を掛けた。
・・・すると、
「・・・」
無言のまま、狩人が紙に何か文字を書き始めた。
そしてそれを見せてくる。
「えっと・・・『ワルツとの会話が、独り言と勘違いされた』?いや・・・えーと・・・なんかすみません・・・」
《気にするな》
そう書きながらも、どこか悲しげな様子の狩人。
「・・・というか、魔法で会話していることにすればいいんじゃないですか?」
《?!》
ワルツの言葉に、狩人は眼を丸くしながら、紙にクエッションマークとエクスクラメーションマークを書く。
・・・どうやら、今まで気づかなかったらしい。
《そうか!その手があったか!》
「いや、口で言えばいいと思いますよ?」
《でもなぁ・・・さっき、料理長と話した時に、言い訳を言えなかったんだよなぁ・・・》
・・・中々の速記を披露する狩人。
なお、『・』もちゃんと書いてあったりする。
「今からでも遅くないんじゃないですか?」
すると狩人は、少し考えてから、手を動かした。
《・・・・・・いや、いいんだ。下手な言い訳をして、変な噂を立てるわけにもいかないからな》
「そうですか・・・」
どうやら貴族の娘である狩人には、ワルツには分からない柵があるらしい。
《それで、ユキの朝食はこれな?》
そう書いて狩人がワルツの前に置いた料理は、
「精進料理ですね・・・」
冷えた温野菜(?)に高野豆腐の煮物、漬物に、冷たいお粥などであった。
流石の狩人でも、この短時間で冷たい肉料理は作れなかったようである。
《スライム料理も考えたんだけどな・・・魔族だから嫌厭されるかもしれないと思って止めておいたんだ》
「でも、ユリアは美味しそうに(?)食べてましたよ?」
《そうか・・・なら、持ってくか?》
そう書きつつ、食材袋に手を入れて、狩ってきたものを探す狩人。
「いえ、十分だと思います」
《そうか。分かった》
「じゃぁ、私が運んでおきますね」
そう言うとワルツは、ユキの朝食を宙に浮かべ、厨房を後にしたのである。
・・・ただし、食事に光学迷彩を掛けることを忘れて・・・。
いや、ホログラムシステムが壊れていたので、消せなかったというべきか。
「ユキ?ご飯よ〜?」
そう言いながら来賓室に入るワルツ。
同時に、自身の光学迷彩を解除した。
「・・・一瞬、母のことを思い出しました」
「・・・ユキ様、お食事をご用意いたしました」
「・・・もしかして、母って言われるの、嫌だったりしました?」
「っていうか、私、多分、貴女より年下よ?」
「えっ・・・」
ルシアくらいに幼く見えるユキが、驚愕の表情を浮かべる。
「そうですか・・・てっきり、500歳くらいかと思ってたんですけど、違ったんですね」
「・・・どうやったら、私が500歳に見えるのよ・・・」
「失礼な質問かもしれないんですけど、ちなみに何歳なんですか?200歳くらい?」
「・・・いや、この話はもう止めましょう」
・・・どうやら、ユキの年齢は、最低でも200歳を超えているらしい。
「で、朝食なんだけど、はいこれ」
そう言いながら、机の上に精進料理を並べるワルツ。
「うわぁ・・・綺麗な飾り付けですね・・・。それで、朝食はどこにあるんです?」
「えっ・・・いや、これが朝食だけど・・・」
「えっ・・・」
ワルツの言葉に、ユキの表情が固まった。
「・・・え?!この花ビラを食べるんですか?!」
ユキの言った花ビラ。
それは、狩人がニンジンのような植物を見た目が薔薇になるように切り、そして少量の塩を入れたお湯でサッと茹でて、温野菜にしたものである。
料理が趣味(?)の狩人にとっては、いつも通りの料理だったが、初めて見るユキにとっては、そんな温野菜がきれいな花ビラに見えたらしい。
まぁ、国賓級の人物を饗すことを考えるなら少々貧相な料理に見えなくもないが、相手が雪女であることと、料理の時間を考えるなら、妥当なメニューと言えるだろう。
「えぇ。もう、パクッといっちゃっていいわよ?」
そして実際、
パクッ
と食べるユキ。
「あ・・・素材の味が生きてます・・・」
「まぁ、精進料理だからね」
200年以上も生きてきて、彼女はこういった料理を食べたことが無かったらしい。
すると今度は何やら肉のようなものを食べようとする。
「・・・もしかして、これ、お肉じゃなかったりします?」
「さぁ・・・食べてみれば分かるんじゃない?」
ユキの問に、あえて答えないワルツ。
もちろん、この朝食に、肉は一切使われていない。
「・・・何ですか、このお肉みたいなスポンジ・・・」
「高野豆腐ね。あるいは凍り豆腐とも言われてるかしら」
「お豆腐なんですかこれ・・・」
「んー、まぁ簡単にいえば、凍らせて乾燥させた豆腐って言えばいいかしらね?」
「へぇ・・・」
そしてユキは、一品一品に感動しながら、朝食を進めていった・・・。
「結構なおてまえでした」
満足そうな表情を浮かべたユキが、そう口にする。
「料理人に伝えておくわ」
「ぜひ、お願いしますね」
そう言いながら笑顔を向けるユキ。
まさに料理人冥利に尽きる表情と言えるだろう。
そしてワルツは、ユキの食べ終わった食器を方付けながら、昨日決まった話を口にする。
「ボレアス支援の話なんだけど、条件付きで支援することに決まったから」
「えっ?!」
ワルツの言葉に、驚きの表情を見せるユキ。
「えっ・・・何?話が決裂すると思ってたの?」
「・・・はい。魔神であるワルツ様がいらっしゃる国でしたので、可能性としては低くないと思っていたのですが、それでも人間側の国でしたので、楽観視はしていませんでした」
「ふーん・・・」
(・・・人間と魔族って、思っているよりも相当仲が悪いのかしら・・・)
言い換えるなら、ボレアス帝国は、支援を取り付けられる公算の小さい人間側の国に頼らざるを得ないほど、困窮しているということになるだろうか。
ワルツがそんな事を考えていると、ユキが難しい表情を浮かべながら口を開く。
「あの・・・ちなみに、条件というのは何なんですか?」
「いや、大したことじゃないわよ?そうね・・・簡単に言うなら、使者を派遣するから、シリウスと直接話をさせて欲しい、ってとこかしらね?」
ワルツのそんな言葉に、ユキはホッとした表情を浮かべて言った。
「それについては、元より使者の方にシリウス様とお会いして頂くつもりだったので、問題はありません」
「そう。でも、まだ誰を派遣するとか決めてないから、詳しい話は後日になると思うわ」
「そうですか。分かりました」
「まぁ、この件に関しての詳細な説明は今日あたり、コルテックスの方からあると思うから、後はそっちで聞いてちょうだい」
「はい」
というわけで、この日の午後、コルテックス、アトラス、テンポの3人とユキとの間で、使者の派遣に関する詳細な説明会が開かれた。
しかし、結局、誰を派遣するのかという話は決まらず、ワルツの言葉通り、後日、通達することになったのである。
なーんか、書こうと思っておったのじゃが、忘れてしまったのじゃ・・・。
何だったかのう?
・・・まぁ、思い出せないということは、それほど重要なことではないのじゃろう。
ちなみにじゃ。
この時、ワルツが隠し損ねた料理が後々に・・・いや、何でもないのじゃ。
というわけで、シリウスからの伝言の話はこれで一旦終わりなのじゃ。
次回からは修復編Aが始ま・・・ん?Aとは何かじゃと?
Bもあるということじゃろう。
え?プランBは無い?一体何の話じゃ・・・。




