14.5-31 学生生活31
「ウェルダン……」げっそり
「いや、イノシシ肉をレアで食べるのは拙いじゃろ……」
無事に戻ってきたアステリアたちのことを、地下で待っていたテレサは、夕食と共に出迎えた。そんな夕食の場には見知らぬ少年がいて……。ウェルダンの絶望から復帰したアステリアは、不思議そうに問いかけようとする。
「ところでこの方は……」
『あぁ、僕のことは気にしないで下さい。ワルツ様とご相談したいことがあって立ち寄っただけですので』
「ポ、ポテ様の声がする……」
『えぇ。僕はポテンティア。あるときは虫の姿、あるときは人の姿、そしてあるときは——』
「そういうのいらないから、さっさと用件を言いなさいよ」
格好ばかり付けて、中々用件を言わないポテンティアに対しワルツが急かすと、彼はとても残念そうな様子で話し始めた。
『今回の一件……地上で起こった商隊による獣人誘拐未遂事件ですが、彼らは排除対象ではありませんでした。今度から排除すべきでしょうか?その確認をしたく参りました』
ポテンティアは、ジョセフィーヌの暗殺・捕縛を目的とした冒険者たちを無力化せよ、という指示をワルツから受けていた。ゆえに森の中には、身ぐるみを剥がされた素っ裸の人々が多数生息(?)しているのである。
しかし、今回、村で問題を起こした商隊の面々は、護衛を含めてポテンティアの排除の対象外。二度と同じ事件を繰り返さないようにするなら、近付いてくる商隊も例外なく排除すべきなのである。まぁ、ルシアが商隊を壊滅させてしまったので、同じ商隊が来る事は二度と無いのだが。
「それはやめた方が良いでしょ……って言いたい所なんだけど、多分、しばらくの間、商隊は来ないと思うから、これから先は、商隊っぽいのがやってきても排除したほうが良いかも知れないわね。今回の一件で、かなり警戒されたと思うし……」
ワルツがそう口にすると、テレサが苦言を呈する。
「そんな事をすれば、この村の者たちは生きていけなくなるのじゃ。それに、村に来た商隊は、最終的には学院に行って、食材や物資を届けるはずだったと思うのじゃ。村から学院までは一本道じゃからのう。じゃから、商隊を止めるとなると、学院に住む学生たちも教師たちも生きていけなくなるはずなのじゃ」
公都との往復にかかる時間を考えれば、1週間に1回、村と公都との間を往復するというのは、ほぼ休み無しで行き来しなければならないのである。しかも、村と公都とを往復しても、マージンはそれほど多くは取れないので、何十人もの商隊が村のためだけに物資を届けるというのは収支的にありえない事だった。つまり、村にやってきていたのは、別の理由があったから——学院に物資を届けるついでに村に立ち寄っていたに過ぎないのだ。
それを失ってしまった今、ワルツたちや村人たち、そして学院関係者にとって、由々しき事態だと言えた。食料や生活必需品などの補給が途絶えてしまったからだ。
そんなワルツたちの会話を聞いていたルシアが、事態の大きさに気付いて、申し訳なさそうに呟いた。
「ごめんなさい……。私が余計なことをしなければ……」
するとアステリアが首を振る。
「いえ、ルシア様に非はありません。彼らは急に襲ってきたのですから、私としてはとても助かりました。他の獣人の皆さんも同じように考えていると思います」
「そうかなぁ?でも……どうすれば……」
食糧難や物資難に陥らずに済むのか……。ルシアが頭を悩ませていると、ポテンティアが『やれやれ』と口にしながら、こんなことを言い出した。
『ルシアちゃんは僕が何者なのか忘れていませんか?』
「ポテちゃんが何者か?……虫?」
『それは僕の仮初めの姿です』
「変態さん?」
『……どうしてそう思ったのか問い詰めたいところですが、僕は紳士です』
「……ポテよ。お主は知らぬかもしれぬが、大体の変態は皆そう言うのじゃ」
「むしろ、言わない変態を見たことが無いわ?」
「あれって、どうしてなんでしょうね?不思議です」
『……皆さん、そんな事を言っていると手伝いませんよ?』
ポテンティアがジト目をワルツたちに向け始めたところで、ルシアが苦笑しながら話を戻した。
「大丈夫。ちゃんと分かってるよ?ポテちゃんが手伝ってくれるんでしょ?物資の輸送係として」
ルシアが問いかけると、ポテンティアは溜息を吐いて、コクリと頷いた。
『僕がミッドエデンから物資を運んできましょう。実は、既に準備は出来ているのですよ』
「準備?」
『はい。準備です。食料品や生活必需品、その他諸々、冷凍稲荷寿司に至るまで……』
「分かってるじゃん!コルちゃんの指示?」
『いえいえ。僕の判断です。これでも僕——』
ポテンティアはそう言って、ニヒルな笑みを浮かべて言った。
『賢者さんの弟子ですので!』
「……やっぱり、変態さんだよね?」
「確定じゃな」
「師を間違えたわね……」
「けんじゃ……ってなんですか?」
『……やっぱり手伝いませんよ?』
と言って、ワルツたちに対して、再びジト目を向けるポテンティア。
そんなやり取りを何度も繰り返しながら、ワルツたちの夜は更けていったのである。




