14.5-29 学生生活29
商隊のリーダーとしては、まさか野良の獣人たちを捕縛した程度で、村人たちが激怒するとは思ってもいなかった。村人たちの怒り様は、まるで大切なものを奪われたかのよう。いったいいつの間に、村人たちと獣人たちは仲良くなったのか……。リーダーが思い出す限り、その前兆も噂話も、聞いた記憶は無かった。
前回、商隊が村に立ち寄った際は、獣人たちは誰一人おらず、彼らが村に住みついたのは、ごく最近のはずだった。それも1週間以内だ。そんな短時間で交友を結べるわけはない……。商隊のリーダーは内心でそう断定する。
では一体何故、村人たちは激怒しているのか……。そんな疑問を抱いていた商隊のリーダーは、この時、不意に、村人たちの間に1人の獣人が交じっている事に気付いた。
狐の獣人だった。毛が闇夜のごとく黒かったので今まで気付かなかったが、村人たちの先頭に立つようにして彼女が抗議を始めたことで、否が応でも彼女の存在に気付くことになったのだ。漆黒の毛並みを持つその獣人に対し、商隊のリーダーは嫌悪感を覚えながら、ふと考える。
「(もしやあれが原因か?)」
一部の魔物のように、同じ種族を統率する存在——今回の場合は獣人たちを統率する存在がいれば、あるいは短時間で村人たちと交友を結べるようになるのではないか……。そう考えた商隊のリーダーの脳裏では、2つの選択肢が生じた。群れというのは統率者がいなくなれば瓦解するのだから彼女を排除すればいい、という選択肢。そして、珍しい個体なので捕まえて公都で売り捌けば相当な金額になりそうだ、という選択肢である。
これが人間に対する扱いだとするなら、人でなしとしか言いようのない思考だったが、この大陸において獣人とは、犬、猫、魔物と同列の扱いなのである。これがもしも、別の商人だったとしても、彼らはその2つの選択肢のどちらかを選ぶかで悩んでいた違いない。
そして、商隊のリーダーが選んだ選択は——、
「……あの獣人だ。あの獣人を矢で射て殺せ!」
——狐の獣人アステリアを殺害するというものだった。殺気に満ちた村人たちを押し分けて、アステリアだけを無理矢理引き剥がすというのは、戦力的なリスクがあり、商隊を危険にさらすことになるかも知れないと危惧したらしい。すでに、魔法が使える獣人たちは十分に確保が出来たので、リスクを冒してまで追加の獣人を捕らえようとは思えなかったという理由もあったようだ。
「お前だろ!村人たちを誑かしたのは!」
「……は?いったい何を言って……」
「そいつは危険だ!皆さん、巻き込まれないように下がってください!」
商隊のリーダーの指示によって、護衛の者たちが矢を構える。当然、その矢の先にいたのはアステリアだ。射線に被っていた村人たちは、命の危険を感じ取ったらしく、顔を青ざめさせながら後ろに後ずさった。
そんな中。逆にアステリアの前に歩み出た者たちがいる。ジョセフィーヌの近衛騎士たちの内、地下空間での待機を命じられた者たちだ。言い換えれば、獣人たちと共に地下空間で暮らしている者たちである。
彼らの行動は、騎士としては決して褒められたものではなかった。反抗的な獣人を殺害するという商隊側の"権利"を、法に背いて妨害しようとしているからだ。
しかし、騎士たちは自分が何をしているのか分かっていて、アステリアを守ろうとしていたようである。法に背くことになると分かっていても、"騎士"としてやらなければならないことが彼らにはあったのだ。例えそのために、自分たちが法律上の"盗賊"と同じになったとしても……。
鎧を脱いでいるためか、一見すると一般人にしか見えない騎士たちに向かって、商人はやれやれと言わんばかりに首を振りながら最終警告を口にする。
「……野良の獣人を庇おうとすれば、あなた方のことも野良の獣人と同等の存在として扱わざるを得ません。正直、盗賊以下の扱いです。そうなっても構わないのですね?」
「「「…………」」」
最終警告を受けても、騎士たちは意思を曲げなかった。ここで意思を曲げてしまえば、ジョセフィーヌに会わせる顔が無いと考えたらしい。というのも、彼らは主たるジョセフィーヌから、とある指令を受けているからだ。……自分がいない間、獣人たちを守って欲しい、と。
意思が変わらない様子の騎士たちを目の当たりにして、商隊のリーダーは、やれやれと首を横に振った。
「残念です。ここでの出来事は、然るべき場で商隊全員が証言することでしょう。……やってしまいなさい」
その瞬間、護衛の冒険者と思しき者たちから、アステリアに向かって矢が飛ぶ。しかし、彼女には当たらない。騎士たちがアステリアのことを、その身を盾にして守ろうとしたからだ。
あと10m、あと1m、あと50cm……。一瞬と言える時間で矢が空気を切り裂き、騎士たちへと殺到した。もはや、回避するのは不可能。認知が出来ていたかすら怪しいほどだった。
しかし、彼らの身に矢が突き刺さったり、貫通したりすることは無かった。物理現象を無視して、矢がピタリと止まり、地面に落ちてしまったからだ。
その直後——、
ズゥゥゥゥンッ……!!
——その場を圧倒的な魔力が包み込んだ。息をするのもやっとな魔力だ。その場に居合わせた半数の者たちが、あまりの圧力に嘔吐し、呼吸困難に陥る。
そんな中で、一軒の家から現れたのは——、
「ヤバい!アステリア!あと2分30秒で、ステーキがウェルダンになるわ!」
——と、ヤバいヤバいと慌てる少女と——、
「あっ!商隊が来てるよ?お姉ちゃん」
——パッと見では、どこにでもいそうな村娘のような獣人の少女。ワルツとルシアだ。
そんな2人の発言は普段と変わらないように聞こえていたが、少なくとも、2人が商隊に向けていた視線と魔力は、普段と同じ、というわけではなかったようである。
ア嬢のような村娘がどこにでもおってたまるか、なのじゃ。




