14.5-27 学生生活27
ワルツたちが地下の自宅へと帰った後のこと。村には商隊がやってきていた。おおよそ1週間に1回、村にやってきては、1日だけ滞在して次の町に向かうという者たちで、ワルツたちが村に来る前日にも、この村にやってきていたようだ。
村の人々にとって、商隊は欠かせない存在だった。まともな買い物が出来る公都までは、片道3日。往復で6日。公都での買い物の時間を含めるとプラス1日で、合計1週間はかかるのである。その上、宿代による出費や魔物に襲われるかも知れないというリスクを考えるなら、頻繁に公都へと買い物に行くというのは現実的ではなかった。その点、商隊を利用すれば、多少の手数料を取られても、宿泊費や旅費と比べれば安いもので……。さらには魔物に襲われて命を落とすかも知れないというリスクを回避出来るのだから、利用しない手は無かった。
ゆえに、村人たちにとって商隊とは、歓迎すべき者たち。彼らは村にとっての命綱に等しいのだから、村を挙げてもてなすというのが常識となっていた。
「ごくろうさま、商隊長」
村長が商隊のリーダーに向かって労いの言葉を贈る。相手は10年来の知人だったこともあり、彼の言葉には親しみの色が含まれていた。
これが普段なら、商隊のリーダーからすぐに返しの挨拶が飛んでくるところだが、今日はどういうわけか、返答が飛んでこなかったようである。馬車から降りた彼の視線は、村長とは別の場所へと向けられていて、そこをジッと凝視しているかのよう。それも、商人らしい、何か商機を見つけたかのような鋭い視線を向けながら。
「……彼らは?」
商隊のリーダーの口から出てきたのは、挨拶の言葉ではなく、問いかけだった。彼の視線に映っていたのは獣人で、丁度、薪を風魔法で割った所だった。
「あぁ、彼らは——」
彼らは、とある少女たちと共に暮らす獣人たち……。そう考える村長だったが、彼はその一言を口に出来なかった。その、とある少女たち——ワルツたちにしても、獣人たちにしても、他人にはあまり話せない訳ありの者たちで、公都で起こった政変から逃れた大公とも関係がある者たちだというのである。そんな彼女たちと関係のある獣人たちのことを説明しても良いのだろうか……。村長は疑問に思ってしまったのだ。
急に黙り込んだ村長に疑問を抱いたのか、ようやく商隊のリーダーは村長の方へと視線を向ける。
「どうかされたのですか?」
「えっ?い、いや……」
「それで、彼らはどんな者たちなのです?獣人が魔法を使っている姿を初めて見ましたよ。それにたしか、この村には元々、獣人の奴隷はいなかったですよね?新しく購入された……というわけでもなさそうですし、いったいどこから購入されたのか、非常に気になります。ぜひ、教えていただけないでしょうか?」
「そ、それはですな……」
村長が言い渋っていると、再び獣人に目を向けていた商隊のリーダーの表情が不意に曇る。
「んん?彼らは奴隷の首輪を付けていない……?まさか、正規の奴隷ではないのですか?」
奴隷たちは管理のために、奴隷商によって魔道具の首輪を付けられるのである。それが無いということは、奴隷ではないか、あるいは不正な方法で首輪を外したか……。その内、後者の場合は、所有者が不明な奴隷ということになるので、その人物が奴隷である事を証明出来れば、誰でも所有権を主張できるのである。
そして相手は獣人。この国において獣人は、例外なくすべてが奴隷なのである。つまり、獣人が奴隷の首輪を付けていない場合は、証明書が無くても所有者不明の奴隷となるので、捕まえて奴隷商に持ち込めば、自分の持ち物であることを主張することが可能だったのである。
しかも、村長は獣人たちの正体を説明出来ず、言い渋っている状態。そして、そこにいた獣人は、魔法が使える特殊な個体……。そんな状況を商人が見逃すわけはなかった。
商隊のリーダーは、自分にとって都合の良い解釈を始める。
「なるほど。どこから来たのか分からない流れの奴隷というわけですか」
「えっ?!」
「分かりました。彼は我々が保護して、奴隷商会に連れて行くことにしましょう」
「ちょっ……ちょっとまt——」
商隊のリーダーは、呼び止めようとする村長を無視した。商機を掴むために、今は強引に事を進めるべき場面だと判断して、商隊のメンバーに指示を出した。
「野良の奴隷だ!捕まえろ!(すまないね。村長。今度、サービスしてあげるから、ここは見逃してくれると助かるよ)」
あとで謝罪をすれば、どうとでもなる……。村が商隊に依存していることを熟知していた商隊のリーダーは、論理的に状況を判断し、自分たちにとって最も利益が高くなるようプランを選んだ。
村にいた獣人たちが、どんな者たちと繋がっているのか、予想すらできないまま……。
捕まったのがア嬢なら、今頃世界は滅んでおったのじゃ。




