6前-06 シリウスからの言伝6
ホムンクルス会議が終わった後の、真夜中の地下大工房。
そこにいつも通り停泊していたエネルギアの中での会話である。
「・・・という事になったのよ〜」
「そうでしたか・・・」
ワルツはボレアス帝国で起こった一件と、支援が決まったこと、そしてルシアの一件をカタリナに話したのだ。
何故話したのか。
それは、カタリナの故郷がボレアス帝国だったからである。
「カタリナの実家とか大丈夫なのかしらね?」
「ビクセンの中でも、だいぶ内側にあるので、家は無事だと思います。もしもルシアちゃんの攻撃を受けて壊滅的被害を被ったなら、おそらくシリウス様が住んでいる魔王城の方も、ただでは済まないと思うので・・・」
そう言いながら、苦笑を浮かべるカタリナ。
なお、ビクセンとは、シリウスが治める国であるボレアス帝国の首都・・・所謂『帝都』の名前である。
「ふーん。そう・・・なら良いんだけど」
「もちろん、推測ですけどね」
「いや、そこは言い切りましょうよ・・・」
けろっとした様子で実家の安否について話すカタリナに、思わずツッコむワルツ。
「・・・それでどうかしら、宿題の方は?」
そしてワルツは、前置きを終えて、本題を切り出した。
それも、まるで教師のように。
「・・・芳しくはありませんね。子に、まだ魔力特異体の個体が生まれてこないんですよ・・・」
そう言いながら、幾つか魔法陣が浮かび上がる実験台の上で、同じく浮かんでいるネズミの魔物に目を向けるカタリナ。
このネズミの魔物は、マギマウスの魔力特異体(親)である。
嘗て狩人に大怪我を負わせたのも同じマギマウスの魔力特異体だが、もちろんその時とは別の個体で、王都近くの森に生息していたもの、ワルツが強引に捕獲してきたものである。
・・・それも数日前に。
そんな短期間で、カタリナは、既に3世代のマギマウスを作り出すことに成功していた。
要するに、回復魔法・・・の亜種を使用して、着床から出産までの時間をわずか十数時間という短時間に圧縮する方法を彼女は編み出していたのである。
・・・では、何故、カタリナはマギマウスを繁殖させているのか。
リアの治療は、漏れだす魔力よりもより多くの魔力を生成させる、ということを目標に行われている・・・要するに、彼女を魔力特異体にしてしまおう、というものであった。
そのためには、遺伝子のどの部分によって魔力特異体になのかを調べなくてはならないのだが・・・流石に人を対象に実験するわけにはいかなかったのである。
故に、ヒトと遺伝子の近いラット(マギマウスは、分類上ラットである)を使って、魔力特異体の発現メカニズムを調べていた、というわけである。
「急ぐなら、やっぱり、非倫理的なことをやるしか無いかしらね・・・」
なかなか思い通りに進まないマギマウスの繁殖に頭を悩ませるワルツ。
彼女の言う非倫理的なこと。
それは、X線などを使ってランダムに遺伝子を傷つけたマギマウス魔力特異体のクローンを大量に作り、その中から魔力特異体ではない複数の個体を抽出してDNAを解析すれば、極めて短時間で魔力特異体の発現因子を特定できる、という方法である。
だが、その手法では、遺伝子が故意に傷つけられた大量のマギマウスが作られることになるため、倫理上の問題があった。
イタズラに遺伝子を傷つけた結果、一体どういう個体が生まれてくるのかについては、言わずとも分かるだろう。
なので今は、普通のマギマウスのクローンと、魔力特異体のマギマウスを交配させ、出来た子供の中から普通のマギマウスを抽出して遺伝子の比較を行う、という方法を採っていたのである。
まぁ、それでも結局は大量のマギマウスが作られてしまうのだが・・・。
ちなみに、そのマギマウスはどうなったのか。
通常なら、責任をもって殺処分されるところだが、元々が僧侶であったがために無闇に生命を奪うことが出来ないカタリナと、そもそもヘタレなワルツには、残念なことに処分することが出来なかったのである。
その結果、マギマウスたちは、サウスフォートレス沖のとある無人島に転移魔法を使って投棄されていた。
まぁ、そのうち、ルシアの魔力粒子ビームによって、焼却処分されるのではないだろうか。
「いえ。やはり、生命を扱う以上、最低限のルールは守るべきですね」
「・・・」
そんなカタリナの言葉に、言葉を失うワルツ。
・・・これまでの自分の行いを鑑みたのである。
別に、元尼の言葉に、感動したわけではない。
「あ、それと、もう一つの方の宿題の方ですけど・・・」
そう言いながら、4枚の紙をワルツに渡すカタリナ。
そしてそれに目を通すワルツ。
「・・・うん、全問正解。これくらいの問題なら簡単だったかしら?」
「いえ、中々に大変でしたよ」
どこか嬉しそうな表情を浮かべながら、言葉を返すカタリナ。
彼女に与えられていたもう一つの宿題。
・・・それは(中学)数学の問題である。
補足するなら、『今日は』という言葉を入れるべきだろうか。
今日は数学、明日は化学、その次は生物学、といったように、ワルツ式のカリキュラムが組まれていたのである。
・・・なお、国語や英語、その他、地理や歴史といった教科は言うまでもなく含まれていない。
「しかし、代数学というのは、便利な手法ですね」
りんごとみかんを買ったら、おつりであと何個の稲荷寿司を買えるか、という問題を思い出しながらカタリナが呟く。
「世の中には、まだたくさんの便利な数学的手法があるわよ?」
「そうなんですか?」
「例えばねぇ、微積分っていう手法があるんだけど、これを使えば、魔力を数値化して、どの魔法が最大何回使えて、どれくらいで回復するか、とかも計算できるようになる・・・かもしれないわよ?」
術者の体調にもよるが、微積分をうまく使えば、魔力をMPとして数値化することも可能になるだろう。
「それ、すごいですね・・・」
「うん・・・まぁ、私は魔法が使えないから分からないけどね・・・」
自分で言っておいて、魔法が使えないことを思い出し、凹むワルツ。
ともあれ、
(魔法は使えないけど、科学は使えるもん!)
・・・と奮起して、復活する。
「はい、これ。明日の分の宿題」
「あ、はい。ありがとうございます」
「前に渡した、『化学1』って本に答えが載ってるから、それを見てやってみて頂戴。何か分からないことがあったら、いつも通り聞いてね?」
「はい。わかりました」
そんなカタリナの返事を聞いたワルツは、徐ろに医務室の扉へと身体を向ける。
「さてと。今日は遅いから、もう寝たほうがいいわよ?自分は寝不足だと感じてなくても、能率は下がるし、変なケアレスミスも生じるしね」
「はい。マギマウスの子供が育たないかぎり、作業が先に進まないので、今日は休ませてもらいます」
そういうとカタリナは腕を上にあげて背伸びをした。
そして、腕を下におろすと、ガラスの向こう側にいるリアに視線を向けて口を開く。
「・・・リア。あと、どれくらい保ってくれるんでしょうか・・・」
そんな彼女の呟きが、部屋を出ようとしていたワルツの耳に入ると、彼女は一旦足を止めてから言った。
「どうなのかしらね・・・。一見すると、植物人間みたいだけど、脳波はあるし、バイタルも正常だから、適切な栄養さえ摂っていれば数年はいけそうだけどね・・・。でも、魔力の漏れがどう影響してくるのか分からないから、なんとも言えないわね」
そんなワルツの言葉に、はっとしてカタリナは口を開く。
「魔力の数値化をすれば、その辺、ハッキリと分かるんじゃないでしょうか?」
「えぇ。たぶんね。だけど問題は、正確に魔力を計測する方法が無い・・・って、もう寝るんじゃなかったの?」
「あっ・・・そうですね・・・。ついつい、今日も徹夜するところでした」
そういいながら苦笑を浮かべるカタリナ。
「・・・はぁ。職業病も程々にね。カタリナは一度思いついたら止まらなくなる癖があるんだから」
「はい。分かってます・・・」
「ま、安心しなさい。明日明後日でリアの容態が急激に悪化する、っていう状態では無いんだから」
「そうですね。・・・さて、帰りましょうか」
そして、カタリナも席を立った。
・・・その際、
「・・・すみません、ワルツさん」
申し訳無さそうにワルツに声を掛けるカタリナ。
「・・・勇者様を外に放り出すの手伝ってもらえません?」
・・・こうして集中治療室のガラス窓の前で寝ていた勇者は、ワルツによって、夏でもヒンヤリと冷たい大工房の床へと転がされたのである・・・。
夢のなかで、白金耳の柄をハツカネズミが登っている夢を見たのじゃ・・・。
なんか、妙にリアルだったのう・・・。
それはさておきじゃ。
ボレアスの首都ビクセンのネーミングの話じゃが・・・
ボレアス=北
ビクセン=キツネ
・・・おや?キタキツネ?
・・・もふもふしたいのう・・・。
ん?何じゃ?
自分の尻尾と戯れてろ?
抱きつけるほど長くないのじゃ・・・。
あと、ビクセンにはもう一つ意味があって・・・分かる人には分かるはずじゃ。
ちなみにじゃ、
メルクリオ=水星
神都カロリス=水星で一番高い山
じゃよ?




