14.5-23 学生生活23
閑話なのじゃ。
ワルツが高速印刷機と化して、教科書の写本を大量生産している頃。
「…………」ぽかーん
どこかの執務室の椅子に座っていた少女は、口を開けたままで固まっていたようだ。
理由は2つ。昼過ぎに、とてつもない魔力の波動を感じた事。そして、何年も掛けて計画していた企みが頓挫してしまったことだ。
「……私、もしかして対応を間違えちゃったかな?」
彼女は前述の2つの事柄が、自分の手の上にあると思っていた。具体的には、ルシアの力を制御出来ると考えていたこと。そして冒険者を使えば、邪魔者であるジョセフィーヌを簡単に殺害出来ると考えていたことだ。
ルシアの力については言わずもがなだろう。ルシアの魔力は、彼女自身が制御出来ないレベルなので、誰かがどうにか出来るものではないのだ。いつ爆発するとも分からない爆弾のようなもの。それを制御しようとするなど、自殺行為でしかなかったのだ。
ジョセフィーヌの暗殺の件もそうだ。ジョセフィーヌさえいなくなれば、レストフェン大公国は自分のもの。そうすればルシアという強大な魔力をもった学生を手中に収められると考えて、少女はジョセフィーヌのことを暗殺すべく冒険者たちをけしかけたのである。ところが、ジョセフィーヌの捕縛、または殺害せよというギルドの依頼に出かけて、無事に帰ってきた冒険者は、皆無。一部は生きて帰ってきたが、全員が身ぐるみを剥がされた状態で公衆の面前に晒されるというという結果になっていた。報告を聞いた当初、少女は耳を疑っていたほどだ。
しかし事実は事実。半分ほど現実逃避をしていた少女は、思考を切り替えて、誰もいないはずの部屋に向かってポツリと問いかけた。
「ジョセフィーヌも例の学生も毒殺って出来ると思う?」
するとどこからともなく声が返ってきた。
『もう諦めたんですかい?』
聞こえてきたのは男の声だ。それもかなり低めの。
そんな男の声に、少女は特に表情も変えることもなく返答する。どうやら知り合いらしい。
「どう考えても、難攻不落だよね?あの子。もうこの際だから、いっそのことみんな殺しちゃえば良いかなって」
『まったく……困った人ですなぁ。まぁ、出来るか出来ないかで言うなら、出来るでしょう。ですが、あれほどの魔力を持った子どもだ。一瞬で死ぬならまだしも、苦しみながら死ぬなんてことになったら、魔力を暴走させかねませんぜ?大惨事間違いなしでしょうな。やるなら、一気にガッとやった方が良いと思いますぜ?』
「うれしそうね?」
『他人事ですからな。はっはっは!』
「……貴方良い性格をしてるわね」
少女はこれ見よがしに深く溜息を吐いた。
それからもう1つ、まったく逆のことを問いかける。
「じゃぁ、籠絡出来る可能性は?」
『やっぱり、まだ諦めてなかったんですかい。……例の少女の周囲には3人の友人がいるんですが、それがまた厄介らしいですぜ?』
「……らしい?」
『それが、情報がまったく入ってこないんですわ。まるで誰かに情報操作をされているかのように、綺麗さっぱりまったく。ホント、気持ち悪いくらいに』
「なにそれ?」
『それが、下の者を調査に向かわせても、誰一人、帰ってこんのですわ。考えられるとすれば……』
「……皆、消された?」
『えぇ。俺らみたいな社会の裏側に生きる連中の息が掛かっているか……あるいは、そのものか……。そのどっちかでしょうな』
「……それ、手を出したら、ただ危険なだけだよね?」
『世の中、どんな力でもそうですが、リスク無しに大きな力を手に入れるなんて事は不可能だって……殿下ならよくご存じなのでは?』
「……そうね。その通りだわ」
少女は首肯しながら、机の上にあった紙の束の表紙を指先で弄ぶ。
そこに書かれていたのは、レストフェン大公国侵略計画書という文字。大公ジョセフィーヌが公都を追われることになった計画の全容が、その書類に記されていたのである。




