14.5-21 学生生活21
魔法科2年生のミレニア=カインベルクは暇を持て余していた。クラスメイトたちが魔力事件のせいで昏倒して、自分を除いて全員寮へと送られることになったので、授業が中止になってしまったからだ。
彼女だけが魔力の濁流に耐えられたのは、身につけていたバングルが原因だった。バングルには物理攻撃、魔法攻撃を減衰させるエンチャントが施されていたので、他の学生たちに比べて、魔力に対する耐性が高くなっていたのである。昨日、冒険者たちの襲撃に巻き込まれて気を失って倒れた(?)という報告を聞いた祖母に持たされたのだ。
そんな背景があって、彼女は教室でひとりぼっちになっていた。自習をするにしても、何日分もの予習をこなしていた彼女にとっては、ただの復習にしかならず……。教師たちも、彼女が優等生である事を知っていたので、強制的な自習を彼女に課すようなこともしなかった。
結果——、
「はぁ……。もう明日の予習をして帰ろうかしら?」
——ミレニアのやる気はダダ下がり状態。さっさと明日の分のテキストを図書館で書き写して、自室に帰ってしまおうかと考えていたようである。
それからすぐ、ミレニアはそのプランを実行に移した。時間が勿体なかったので、さっさと帰宅準備を進めて、教室を出る。
彼女たちの教室は、講義棟の上層階にあって、廊下の窓からは食堂の建物を見下ろすことが出来た。今はもう誰もいなくなってしまっただろう食堂を見つめながら、皆は大丈夫だろうか、とミレニアが考えに耽っていると……。彼女の耳に、聞き覚えのある声が入ってくる。
『だから、先生、違いますって。モル質量をアボガドロ定数で割るのに、一々計算していたら、0を23個書かなきゃならないから時間が掛かるじゃないですか。どうせ定数なんですから、NAって書いておけば良いんですよ。NAって』
「(あの子の……声?)」
ミレニアが思い出したのは、自分よりも遙かに幼そうに見える白っぽい金髪の少女のことだった。今やミレニアにとっては絶対に忘れられない人物である。
「(ワルツって言ったわね……)」
獣人のグループに紛れた幼い少女。そして、いまだ謝罪の言葉を伝えられていない相手……。ミレニアは誘われるように、ワルツの声が聞こえてきていた方へと歩いて行く。
そして十数歩ほどすすんだところで、ミレニアは足を止めた。具体的には、ミレニアたちの教室の2つ隣の部屋。そこにワルツたちの教室があったのだ。
「(……えっと……どういうこと?こんな近くにあるのに、気付かなかった?いやいや、何度もこの前を通って調べた……わよね?)」
昼の休み時間。ミレニアはワルツたちの事を探して学院内を歩き回ったのである。講義棟も例外でなく、むしろ特に重点的に回って、ワルツたちの事を探したはずだった。しかも、ここはミレニアの教室の隣の隣。見落とすというのは考えられないことだった。
もしもワルツたちの事を探していたのが、ミレニアではなく、経験豊富な教師たちだったなら、幻影魔法が使用されたことを真っ先に疑っていたことだろう。しかし、ミレニアは学生だったこともあり、まさか、人避けのために幻影魔法が展開されていたとは思わず……。彼女は自分の探し方に問題があったのだろうと結論づけてしまう。
「(私、疲れているのかしら?)」
ミレニアはそう判断した後、すぐさま思考を切り替える。ワルツたちを見つけられた以上、謝罪出来る機会があるかも知れないと期待したのだ。
それになによりミレニアには、ワルツたちがどんな授業を受けているのか気になっていたのである。話を聞く限り、担当教員のハイスピアは何か間違いをしてしまった様子。それをワルツが指摘するという状況が、ミレニアには理解出来なかったのだ。
「(聞き覚えのない専門用語を使っているようだし……どんな授業を受けているのかしら?)」
興味を惹かれるがまま、ミレニアはワルツたちの教室の方へと歩いて行く。それに従い、教室から漏れてくるワルツたちの声がより大きく聞こえてきた。
『ですから、薬品を混合する際は、厳密に質量を量るべきなんです、って。薬草の乾燥具合とか、薬草の出来が云々とか、いつの石器時代の話ですか?』
『ひぃん!』
「何……してるの?」
教室の中では何が行われているのだろう……。話の内容を聞いても状況を予想出来なかったミレニアは、教室の中を覗こうとした。
そして、彼女が、教室の扉にあった窓から中を覗き込んだ、その時——、
かさかさかさ……かさっ?
——彼女は黒くてカサカサと動く6本足の物体と目が合ってしまう。それも顔から10cmくらいの距離で。
その後の事をミレニアは覚えていない。何か叫び声を上げたような気もするし、足首を捻ったような気もするが、次に彼女が目を覚ましたときには、重要な記憶は綺麗さっぱり消えていたようである。ただ、確実に言える事は、後頭部がとても痛かった事だけだ。




