14.5-15 学生生活15
幻影魔法というものは、その見た目だけを偽って、現実にはありえない事を対象者たちに見せる、という魔法に見えるが実際にはまったく異なる原理を持っている。幻影魔法は、物理現象を偽る魔法ではなく、対象者の魔力に作用して、相手の認識を書き換えてしまう魔法なのだ。ゆえに温度を感じる事ができたり、壁に当たってそれ以上進めなくなったりと、目で見る以上の現象を体感出来るのである。
まぁ、一部には、幻影魔法とは言いつつも、よく分からない原理で、物質に作用を及ぼしたり、実際の天候に影響を与えたりできる者たちもいるのだが……。彼女たちの場合は例外中の例外なので、ここでは置いておくとしよう。
まぁ、それはさておいて。幻影魔法において重要な事は、前述の通り、幻影魔法が魔力を媒介にして対象者に影響を及ぼすという点である。つまり、幻影魔法の影響範囲は、魔力を知覚するという所謂第六感にも効果を及ぼすということだ。それも、他の五感とは比較にならないほどかなり大きく。
テレサの幻影魔法も例外ではない。むしろ、彼女がルシアの側にいるのは——、
「じゃぁ、本当に幻影魔法をカットするのじゃ?本当にいいのじゃな?どうなっても妾は知らぬのじゃ?」
ズドォォォォン!!
——ルシアから発せられる強大な魔力を隠蔽するためだった。テレサが幻影魔法を停止させると、彼女が魔法で誤魔化していたルシアの魔力が、文字通りの濁流となって、教室の中を飲み込んでしまう。
慣れていないアステリアなどは、息をすることすら儘ならないどころか、嘔吐する直前の状態にまで追い込まれている様子だった。それほどに超高密度な魔力が、周囲の空間で吹き荒れていたのである。
ちなみに魔力を感じられないワルツに影響は無い。ゼロにどんな数字を掛けたところで、ゼロはゼロだからだ。
「ほれ、アステリア殿」
昼食直後のアステリアにルシアの魔力を体感させるのはあまりに可哀想だと思ったのか、テレサはアステリアにだけ幻影魔法を掛けて、ルシアの魔力を感じさせなくした。その瞬間、アステリアは、気分が楽になったらしく、胸をなで下ろしながら、テレサへと問いかける。
「げほっ!げほっ!……ふ、ふぅ……あ、ありがとうございます。な、何なんですか?さっきの魔力……。まるで魔力に溺れてしまうかのようでした」
「あれがア嬢の本来の魔力なのじゃ。普段、妾が何気なく誤魔化しておるゆえ、周囲の者たちはそれほど魔力を感じられぬのじゃが、幻影魔法を止めるとこうなるのじゃ。ア嬢にはいい加減、お漏らしをどうにかして欲しいと思っておるのじゃがのう?」ちらっ
と言いながら、ルシアに向かってジト目を向けるテレサ。
対するルシアは最早慣れきったことなのか、開き直った様子で、テレサに向かって反論する。
「お漏らしっていうか、オートスペルで人工太陽を浮かべてるせいだから。私だって、漏らしたくて漏らしてるんじゃないんだし!」
ルシアは常時なにか魔法を使っていないと、魔力が体内に溜まり続けて暴発してしまう体質なのである。もしも彼女が魔力の消費を止めると、行き場を失った魔力がルシアの意図とは関係無しに物理現象へと昇華し、周囲を巻き込むような大爆発を起こしてしまう可能性が高かった。ミッドエデンのある大陸において、ルシアがアルタイルとの戦闘で大陸を南北に分断するマグマの"大河"を穿ったのは、その具体的な例と言えよう。
ゆえに彼女は自動魔法による人工太陽の常時展開によって常に魔力の放出を行っていたのだが、何も隠蔽しなければ、人工太陽を維持するための魔力がダダ漏れになるのである。それが、教室の中を吹き荒れた魔力の原因。テレサの幻影魔法で誤魔化さなければ、周囲の者たちの生命活動に影響を与えるほどだった、というわけだ。
だからこそルシアは、いの一番に、ミッドエデンからテレサを呼び寄せたのである。普通に生活を送るためには、魔力を誤魔化す幻影魔法を定期的にテレサに魔法を掛けて貰わなければならないからだ。もしもルシアが魔力ダダ漏れの状態で生活を送れば、その内、どこからか勇者のような者たちがやってきて、彼女の事を討伐すると言い出さないとも限らないのだから。
「それは分かっておるのじゃ。じゃから聞いたじゃろ?本当に良いのか、と」
テレサの発言に、アステリアは納得げな表情を浮かべた。
尤も、自分自身の魔力を感じられないルシアと、いかなる魔力をまったく感じられないワルツは——、
「もう!失礼だなぁ!」
「……ごめん。ちょっと何が起こっていたのかよく分からなかったんだけど……」
——それぞれ異なる理由で、納得出来なさそうな表情を浮かべていたようだが。




