14.5-14 学生生活14
昼食時間になると生徒たちは、食堂に行くか、寮に戻るか、あるいは弁当を用意し、教室で友達同士で集まって食事を摂るというのが一般的だった。その辺は現代世界の学校と似たようなものである。
逆に、昼食を抜くという者たちは殆どいなかった。よほど忙しくない限り、昼食を抜く理由が無いからだ。あるいは特殊な事情があれば別かも知れないが……。
そんな中、ここに、昼食も食べずに校舎の中を彷徨う者がいた。
「いないわね……。どこに行ったのかしら?」
ミレニア=カインベルク。学院長マグネア=カインベルクの孫で、初等魔法科1年生のクラス委員——所謂委員長である。
そんな彼女は普段来ない校舎の隅々まで、誰かのことを探して歩き回っていたようだ。しかし、彼女にはその人物が見つけられなかったらしく、昼食を抜いてまで、何周も校舎の中を回っている様子だった。
彼女はいったい誰を探していたのか……。
「今日こそ謝らなきゃ……」
そんな彼女が頭に思い浮かべていたのは、獣人3人と1人の幼女、計4人組の集団だった。ようするにワルツたちである。ミレニアは昨日行った模擬戦の際のことを未だに引きずっていて、失礼な態度を見せたことをワルツたちに謝ろうとしていたのである。
ところが、講義棟をくまなく探しても、ワルツたちの影はどこにも無く……。食堂を探してもやはりおらず……。図書館まで探しに行ったものの徒労に終わり……。もはや為す術がない様子で校舎を彷徨っていたというわけだ。
「もしかして、今日は休みなのかしら?でも、4人とも?それはさすがに……」
などとブツブツと独り言を口にしながら校舎を歩き回るミレニア。そんな彼女が昼時間中にワルツたちに会うことはなかったのであった。
◇
「ちょっと、あの人、なんか怪しくない?ブツブツと独り言を言ってるし、目つきもなんか怪しいし……。何してるんだろ?」
教室の前を素通りしていくミレニアを前に、ルシアは昼食の稲荷寿司を頬張りながら、怪訝そうに首を傾げていた。何の用事があるのかは分からないが、ミレニアがあてもなく何度も教室の前を通っていくのが気になって仕方がなかったらしい。
……といったように、ミレニアにはルシアたちの姿が見えていなかったものの、逆にルシアたちの方からは彼女の姿がハッキリと見えていたのである。理由は単純。テレサが幻影魔法を使って、教室を無いものとして認識させていたからだ。食事中に冷やかしを受けたくなかったので、自分たちのことを誰も認識出来ないよう、魔法を使って阻害していたのである。なお、言うまでもない事かもしれないが、テレサが決めた行動ではなく、ワルツの指示だ。
「何か探しておるようじゃったのう?」
「あの人って、たしか昨日の……」
「やっぱり、模擬戦のことを根に持ってるのね……」
通り過ぎていったミレニアのことをそのまま見送りながら、それぞれ感想を口にするテレサ、アステリア、そしてワルツ。ルシアを含めた4人の中から、ミレニアに事情を問いかけてはどうかという提案が出なかったのは、基本的な思考が皆、似たようなものだったからか。
「でも、良かったね?」
「何が?」
「あのミレニアって人。元気になったみたいで」
「あぁ……。そういえば、昨日、テレサに轢かれて気絶してたわね……彼女」
「まるで妾のことを馬車かトラックのように言っておるが、そんな激しいぶつかり方はしておらぬからの?」
「……?とらっく……ってなんですか?」
「……業界用語なのじゃ」
テレサはアステリアに対してそう誤魔化した後で、ワルツに懸念をぶつける。
「それで、どうするのじゃ?ワルツよ。知っての通り、今や、学内は人に溢れておって、この先も人目を避けながら学生生活を送るというのは難しいと思うのじゃが?」
今現在、一行は、言霊魔法や幻影魔法、あるいはワルツの強制学習帳——もとい強制洗脳帳を駆使して、ひっそりと学生生活2日目を送っている。それが本来の学生生活ではなく、歪んだ学生生活である事は明らか。もしもテレサが風邪を引いて登校出来なくなるような事態になれば、ワルツたちはより一層のエクストリーム学生生活を送らなければならないのだ。
それは現実的ではなかった。ゆえにワルツたちは、いつかは隠れるのをやめて、真っ当な(?)学生生活を送らなければならなかった。それをいつ実施するのか……。暗にテレサはワルツに対して問いかけたのだ。
対するワルツは悩ましげだった。自分以外のメンバーが皆獣人だという事もそうだが、ワルツ自身もコミュニケーション能力に難があることを自覚し、まともに学生生活を送る自信を失っていたのである。
今更なことだと言えなくなかったが、彼女は元から自信が無かったわけではない。先日——具体的には、2日前まではあったのだ。昨日の模擬戦と食堂での出来事——つまり、ミレニアたちと喧嘩をした(?)ことが原因で、ワルツはコミュニケーション能力が足りていないことを人知れず自覚してしまったのである。
ゆえに、ワルツはナイーブになっていた。もうこのまま卒業まで自分たち専用の教室を作るというのも悪くないとすら思えるほどに。
しかし——、
「……このままじゃダメよね……」
——今のまま引きこもりに近い状態を続けるというのは悪いことだという認識もあったようである。
ゆえに彼女はこんな提案を口にした。
「……幻影魔法、試しに解除してみる?」
と。




