14.5-11 学生生活11
ハイスピアが壁に穴を開けた際、他の教室では大混乱に陥っていた。校舎を揺るがすような轟音と振動が鳴り響いたのだから当然の反応である。しかもこの日は、量の自室に引きこもるという病の治った寮生たちが登校を再開した日であり、校舎の中には多くの学生たちがいたので、混乱はより大きかった。
当然、授業をしていた教員たちも数多くいた。その一部の教員たちが、何が起こったのかを慌てて確認にしょうとする。大きな音が聞こえた方向——つまりワルツたちの教室の方へと何名かの教員たちがやってきては、原因究明と安全確認のために、教室の扉を片っ端から開けていく。
そしてワルツたちの教室にも——、
ガラガラガラッ!!
「ハイスピア先生!大丈夫……えっ」
——教員の一人がやってくる。が、彼はそこに広がっていた光景を前に、思わず目を疑った。
壁に大きな穴が開いていたわけではない。穴は既にポテンティアが塞いだからだ。
彼が目を疑った光景、それは——、
「ちょっと、何よ貴方?今、授業中なんだけど?」
——年端もいかない少女が教壇の上に椅子を置き、その上に登って授業をしていて——、
「あっ……ちょっ……こ、これは……そ、そう!新しい形式の授業をしているところです!」
——ハイスピアが生徒側の席に座っている、というものだった。ようするに、その教室では、生徒と教師の立ち位置が逆転していたのである。
長い歴史を持つ学院の常識で考えるなら、生徒が教員に授業を教えるなどと言う状況はありえないはずだった。情報が溢れる現代世界と違い、インターネットも電波もメディアも無い環境において生徒たち——つまり子供たちが得りうる情報というのは、親などからの口伝えくらいのものであり、それを元に教師に授業を教えるなどという展開にはなり得ないからだ。
ゆえに、学院を卒業した者たちは、一般人が持ち得ない幅広い知識を持っているので、あらゆる環境において重宝されるのである。疎に一人一人が"学士様"と敬称を込められて。
話を元に戻すが、薬学科の教授であるハイスピアも、年下の学生に教えを請うなどという事態は、まずもって起こりえないはずだった。では一体何が起こったのか……。やってきた教師は混乱した末、ハイスピアの発言を鵜呑みにする。
「なるほど……そういうことでしたか。これは邪魔をしました。今度、その新しい授業の形式についてご教授ください」
ハイスピアが新しい"授業"の形式だと言っているのだから、それをその通りに受け入れた方がいい……。彼は思考を止める事にしたようだ。彼がハイスピアノ発言を疑わなかったのは、彼の知識が"常識"というものに囚われているせいだろう。
「ところで、こちらの方から大きな音が聞こえたのですが、なにか問題はありませんでしたか?」
「えっ?いえ……」
「そうですか……おかしいな……。了解しました。失礼します」がらがらがら
男性教師はその場を去って行った。対するハイスピアとしては、大きな音がなった原因をテレサの言霊魔法によって忘れさせられたために、何が何だか分からず、首を傾げている様子だ。
「大きな音なんて聞こえましたかね?」
「「「「…………」」」」ふるふる
「ですよね……。そんな大きな音なんて聞こえてないですわよね……」
男性教師はどんな音を聞いたのだろうか……。まったく記憶の無かったハイスピアは、男性教師が去った後も、しばらくの間、不思議そうな様子だった。
なお——、
「(まぁ、様子の一つくらい見に来るわよね……)」
「(本人は記憶を失っておるゆえ、ハイスピア殿が壁に穴を開けたとは言えないのじゃ……)」
「(言っても信じてくれないですよね……)」
「(テレサちゃんの言霊魔法って、記憶を消す範囲の調整とか効かないのかなぁ……)」
『(別の場所に穴を開けておけば、疑われずに済みましたね……。今後の課題といたしましょう)』
——と、真実を知る者たちは目だけで会話をしていたようだが、彼女たちの会話が本当に成立していたかどうかは不明である。




