14.5-10 学生生活10
「ちゃんとみんな覚えてるようね?さすがは私。教え方が良いのね……きっと」
「「…………」」
「流石です!マスター!」
現代世界に存在する、脳に無理矢理知識をたたき込む教科書——いや強制学習帳を応用したワルツのテキストの効果は抜群で、普通なら3年ほどを掛けてゆっくり覚えるべき知識を、たったの数秒で皆が記憶してしまう。そんな状況を前に、事情を何となく知っていたルシアとテレサは呆れ、アステリアは手放しに賞賛し、そしてハイスピアは——、
「え、えへへへ……」ぱぁっ
——また壊れていた。ワルツのテキストは、この世界に存在するすべての教員の努力を無にする恐ろしい代物だったので、精神が保たなかったようである。
その様子を見て、テレサが苦言を呈する。
「……ワルツ。ハイスピア殿がまた壊れてしまったのじゃ。じゃが、壊れるたびに記憶を消しておったのでは、尻尾の燃費が悪すぎるゆえ、どうにかならぬかの?たとえば、このテキストの技術を応用して記憶を消すか、代わりの記憶を受け付けるような工夫をするとか……」
「あぁ、なるほど。出来ると思うわよ?悪用したら滅茶苦茶危険だけどね」
「まぁ、そこは"強化書"に耐性のあるワルツか妾が管理をすればどうにかなるじゃろ。このままじゃと、何かあった時に、ハイスピア殿のせいで尻尾が無いという残念な状況になりかねぬゆえ、早急に対応が必要だと思うのじゃ」
「別に良いんじゃない?だって、テレサ、コルテックスから魔道具を貰ったんでしょ?誰かにキスすれば魔力を吸い取れるやつ」
「テレサちゃん、不潔!」
「ちょっ……じ、事故でもおこらない限り、その選択肢は選びたくないのじゃ」ぱたぱた
背中に手が届かなかったテレサは、未だにコウモリの羽のような魔道具をその背に付けたままだった。ルシアやアステリアなどに魔道具を外すのを手伝って貰おうとするが、2人ともまるで申し合わせたかのように(?)拒否する始末。しかも、ご丁寧なことに、背中の魔道具は、服を透過するので、着替えには何の影響も無く……。装着2日目の今となっては、もはや標準装備と言える状態になっていた。なお、本人は恥ずかしかったらしく、鞄と髪の毛でどうにか隠そうとしている模様。
そんなテレサが嫌がっていることを察したのか、ワルツは仕方がないと言わんばかりの様子で、ノートに一筆したためる。そこに描かれていたのは、一見すると魔法陣。しかしその正体は、超科学そのものだったようだ。
「これを見せるだけで、"教科書"が当たり前の書物だって認識するようになるわ?ルシアとアステリアは見ちゃダメよ?これって、普通のことじゃなくて、無理矢理記憶を書き換える……つまり、頭がおかしくなるのと同じ事だから」
「「?!」」
「一種の劇薬のようなものなのじゃ。……なんか、間接的に、妾の言霊魔法を貶されたような気がしなくも無いのじゃが……まぁ、よいか」
テレサはそう言いながらワルツからノートを受け取って、ハイスピアの眼前にかざした。ハイスピアの精神は、ワルツの強制学習帳を受け入れられずに大混乱に陥っているので、強制学習帳を普遍的なものだという認識に書き換えてしまえば、ハイスピアの精神は元に戻るはずだった。
結果——、
「あ、あれ?私はいったい何を……」
——ワルツたちの思惑通り、無事にハイスピアは元に戻る。まぁ、強制学習帳が普通の書物だと認識しているので、また異なる問題が生じている可能性は否定出来ないが。
「まぁ、こんなものでしょ」
「大丈夫かなぁ……。なんか嫌な予感しかしないんだけど……」
「そのときは妾が記憶を消せば良いゆえ、大丈夫なのじゃ」
「えっと……なんか理解が付いていきません……」
『そこは慣れるしかないですねー。ワルツ様たちと一緒にいると、いつもこんな感じですから』
そんな会話を交わしながら、4人(+1匹)は、ハイスピアへと、まるで可哀想な実験動物でも見るかのような視線を向けた。対するハイスピアはワルツたちの言葉に首を傾げていたようだが、認識が書き換わったせいで、記憶が抜け落ちてしまったらしく……。彼女は何事も無かったかのように、次の授業の準備を始めたようである。




