14.5-09 学生生活9
ハイスピアを元に戻すのに、テレサが言霊魔法を使って彼女の記憶を消した後。自身がエルフだとバレた事まで忘れて、もう一度同じ事を繰り返し……。そしてようやく振り出しに戻ったところで、ハイスピアの授業が始まった。なお、彼女の姿は変身魔法により、人の姿に戻っている。ワルツたちが見逃しても、運悪く第三者に見られるようなことになれば、大惨事(?)になるからだ。
「では、これより授業を始めます。昨日、図書館で本を写してくるよう宿題を出したと思いますが——」
「(あぁ……遂に授業がはじまるのね!)」
ワルツはハイスピアの話を聞きながら、心の中で感動していた。一応、昨日、体験授業なるものを受けたが、そのときは飽くまで"体験"であって、一種のアトラクションと言えるようなラフな内容の授業だった。ゆえに、まともと言える授業は今日が初めて。ガーディアンであるがゆえに学校に行ったことが無かったワルツは、この瞬間を楽しみにしていたようである。
まぁ、それも一瞬の事だったようだが。
「……というわけで、ワルツ先生。ここから授業をお願いします」
「……は?」
「いや、どう考えても、私よりもワルツ先生の方が詳しいですよね?」
「ちょっ……どういうことかよく分からないのだけれど……」
「またまたー、謙遜されないで下さい。昨日のオリエンテーションの際にワルツ先生から教わった内容は、レストフェン大公国の最先端の研究を何十年、いえ年百年と進めたような内容です。到底、私のような若輩者がワルツ様に対して教鞭を振るうなど恐れ多くて……はっ?!もしかしてワルツ様もエルフだったり?!」
「どうしてそういう発想になるのかしら……」
授業を楽しみにしていたワルツは、まさか自分自身が授業をやるとは思っていなかったらしく、ムッとした表情を浮かべてハイスピアにジト目を向けた。
そんな彼女としては、ハイスピアの提案を断るつもりでいたようである。しかし、彼女は断れなかった。
「お姉ちゃんの授業かぁ……楽しみ!」
「ワルツの授業とか、確かにみてみたいのじゃ!」
「マスターの授業が受けられるのですね!」
『ワルツ様の授業ですかー。ある業界ではご褒美ですね!』
といったように、ルシアたちがワルツの授業に強い関心を抱き、目を輝かせていたからである。
「(ハイスピアがどんな事を教えるのかちょっと楽しみではあったのだけれど、この世界の間違った知識をルシアたちに教えられるっていうのも困るし……)」
妹たちから向けられる視線にワルツは考え込み……。そして彼女は自席を立った。
◇
「……というわけで、配付した資料は読んだ?」
30分後。ハイスピアとワルツは立ち位置を交代していた。ワルツが教壇に立ち、ハイスピアが学生側の席に座るという構図だ。ちなみに、ワルツの身長が低すぎるために、教卓から顔が見えなかったので、彼女は教壇の上に椅子を置いて、その上に立っていたりする。
ワルツが授業に使ったのは、彼女が作った特製の教科書だ。基本的には図書館で写してきた教科書を踏襲していて、図や挿絵などはそのまま載せているが、書かれていた文字はまるで異なっていたようである。
むしろ、文字ですらなかった。象形文字のような記号だ。しかし一目見ただけで意味のある文章である事は何となく分かり、しかもちゃんと読めてしまうという不思議な記号。それを見たルシアやハイスピアたちは、物珍しさ半分、訝しげ半分、といった様子で、パラパラとテキストの内容を捲っていた。
そんな中、皆がちゃんと中身を見ていないというのに、ワルツは、読んだか、と問いかけたのである。まともに読んでいるわけがないというのは、誰の目にも明らか。
『「「「「えっ?」」」」』
結果、皆の声が重なった。この短時間で読めるわけが無いという反論が、彼女たちの声から滲み出ていたほどだ。
にもかかわらず、ワルツはそれを華麗にスルーした。
「じゃぁ、質問するわよ?レストフェン大公国が、隣国エムリンザ帝国と和平条約を結んだ時の公暦は?」
ワルツはよくテストに出そうな質問を問いかけた。当然、短時間で覚えられるものではない。……そのはずだったのだが——、
『「「「「264年」」」」』
——全員が同じ答えを同時に答えた。皆、一瞬しかワルツのテキストを見ていないというのに、どうやら全員がテキストの内容をすべて記憶してしまっていたようである。
強化書無双が始まるのじゃ。




