14.5-08 学生生活8
「差別する人を見つけたらその人を差別する……と自分も同じになるから、取りあえずグーで殴るって方向で。あっ、魔法はダメよ?消し飛ぶから。というわけで、普通に授業しましょ?先生。今日から私たちの学生生活が始まるんですから」
授業を楽しみにしていた、という発言はしなかったものの、ワルツの表情を見る限り、彼女が授業を楽しみにしていたのは誰の目にも明らかだった。そんな彼女の発言を前に、ハイスピアはパァッと顔を輝かせる。ワルツたちが自分の味方であり、やる気に満ちた学生であることをようやく理解したのだ。
「あぁ……」
ハイスピアの表情もまた喜びに満ちたものだった。終わるかも知れなかった人生が、まだ先にも続いていそうだったからだ。
そして何より、ワルツたちが"学び"に対して前向きな姿勢を見せていたことがハイスピアにとっては特に喜ばしい事だった。彼女は心のどこかで心配していたのだ。初めて受け持つ生徒たちが、もしも学びに後ろ向きだったらどうしようか、と。
そんな憂いが無くなった今、ハイスピアのやる気は最高潮に達していたと言えた。
「ところで、授業を始める前に、壁の穴をどうにかしないと」
「…………」
ハイスピアは絶望した。急転直下とは、まさに今の彼女の心を的確に喩える言葉である。真っ当に考えれば弁償が必要で、彼女の給与がどこかへと離陸するのは間違いなかったからだ。
しかし、ワルツは気付かない。彼女は部屋の片隅でカサカサと動いていた黒い物体に向かって話しかける。
「ポテ?あとは頼むわね。まさか、ハイスピア先生の攻撃を受けて消し飛んだわけではないでしょ?」
すると黒い物体から言葉が返ってくる。
『えぇ、あの程度の魔法で僕たちを捉えようと考えるなんて片腹痛い……おっと。お腹が痛いと思ったら、大きな風穴が……ぐふっ!』
「なに馬鹿なこと言ってるのよ。貴方たちマイクロマシン集合体なんだから、そもそも怪我なんてしないでしょ」
『心に空いた大きな穴は簡単には塞がらないのです。あぁ、僕も人間になりたい!』
ポテンティアはそんな事を言いながら、教室の壁の修復を始めた。いったいどこに隠れていたのか、わらわらと黒い虫のようなポテンティアたちが大量に湧きだし、穴が開いた教室の壁に集まって……。そして瞬く間に修復を終えてしまう。
そんな光景にルシアが一言。
「気持ち悪い」
『ちょっ……今の心ない言葉で、僕の心が粉砕骨折してしまいしたよ?!』
「人の姿になれるのに、敢えて黒い虫の姿になってる意味がまず分かんない」
『それは……あっ、そうです!テレサ様と同じです!』
「はぁ?なんで妾……」
『普通に喋れるのに、敢えて変わった話し方をしている事です。これはアイデンティティー。僕が黒い虫の姿をやめれば、僕は僕でなくなってします。テレサ様が変わったしゃべり方をやめれば、それは最早テレサ様ではありません』
「「たしかに……」」
「たしかに、ではないのじゃ!ポテ公と一緒にするでないわ!というか、アステリア殿もさりげなく同調しないで欲しいのじゃ」
と言って、激怒するテレサ。
その結果、教室の中が騒がしくなってきたので、とりまとめ役のワルツが割って入る。
「まぁ、その話はまた今度にしましょ?今は一応、授業中なんだからさ?」
ワルツのその言葉に、テレサは渋々といった様子で前を向く。その際、ルシアはニヤニヤしながらテレサの背中に視線を向け、そしてアステリアはそんな2人に向かって苦笑を向けていたようだ。
そんな中、ワルツはハイスピアの言葉を待つのだが——、
「……あれ?ハイスピア先生?まさか、皆さんが静かになるまで○○秒掛かりました、のネタをやるつもり……ってわけじゃなさそうね?」
——ハイスピアはいつまで経っても授業を始めようとはしなかった。それも仕方のないことだった。なにしろハイスピアは——、
「……えへへへ」ゆらゆら
——教室にやってきた当初と同じく、精神防衛モード(?)に陥っていたからだ。この短時間の間に、彼女にとって何か受け入れがたい事が起こったらしい。まぁ、敢えて言うほどのことでもないが。




