14.5-07 学生生活7
自分がエルフだったことを誰も触れようとしない……。そんな状況を前に、ハイスピアはどう対応して良いか分からなくなり、困り果てていた。まさか皆が自分の正体についてスルーするとは思っていなかったのだ。
皆がスルーしたとしても、自分までスルーして良いとは限らない事が、ハイスピアのことを苦しめていたようである。これまでの人生の中で彼女は、人々の間で平和に暮らす亜人種たちが、ある日突然迫害の対象になる光景を幾度となく見てきたのだ。ワルツたちの考えを確認せずに、現状をスルーすれば、足下を掬われる可能性を否定出来なかったのである。
「ひぇぇぇぇ……」ぷるぷる
ハイスピアは頭を抱えてしゃがみ込んだ。大好きな薬学の研究がしたくて今まで頑張ってきて、ついには教授という立場まで上り詰めた自分の人生が、この瞬間、一気に崩れ落ちそうになっているのである。しかも理由は、自分がエルフだからというどうにもならない理由。いったいどうすればこの場を乗り越えることが出来るのか……。考えても考えても、彼女には答えが見つけられなかった。
「…………!」ぴこーん
ハイスピアの脳裏に、小さな希望が浮かび上がる。
「そっか!皆の記憶を消してしまえば……」
「いやいや、先生がなに考えているのか、何となく分かりますけど、私たちが先生の正体を誰かにバラすなんてことはしないですからね?」
コロコロと変わるハイスピアの表情を、今まで心配そうに眺めていたワルツだったものの、ハイスピアの口から穏やかでない言葉が飛び出してきたので、敢えて触れようとしなかったハイスピアの人種について直接言及する。
「別に、ハイスピア先生がエルフであってもゴブリンであっても、私たちがそのことを利用して脅すとか、貶めるとか、そんなこと絶対にしないですから。そもそも、見て下さいよ。私たちの構成。狐娘が3人に、町娘が1人ですよ?人種差別とか出来るわけないじゃないですか」
「「「…………」」」
ルシアとテレサ、そしてアステリアは思う。……町娘とは人種なのだろうか、と。
しかし、ハイスピアは細かい事が気に出来るほど頭に余裕はなかったらしい。今度こそ、ワルツの発言をスルーして、反論の言葉を口にした。
「……いままでそう言って皆、亜人種のことを蔑んできました、最初は皆、差別なんかしない、気にしなくて言い、と甘い言葉を言うのに、ある日突然、蔑み始めるのです。多勢に無勢、一部の人たちが差別すべきでないと叫んだところで、もっと多くの人たちが差別しろと声を上げれば、反対意見など一瞬で掻き消えてしまうのですから当然です。そのまま抗えば、次に差別されるのは自分たちなのですから……」
そう言ったハイスピアは、目を伏せながらポツリと口にする。
「これも自業自得。人に化けて生きてきたことの報いのでしょうね……」
「(うわー、暗いわねー……)」
ハイスピアの反論を聞いたワルツは、彼女のあまりのネガティブシンキングに引き気味だった。可能ならハイスピアのことを放置したいところだが、彼女は担当教員なのでそうも言っていられず……。ワルツは、仕方なしに、どうにかしてハイスピアの機嫌を取り戻そうと考える。
しかし、差別や迫害といったことと無関係な人生を送ってきたワルツにとしては、どうすればハイスピアのことを元気づけられるか分からなかったようである。そもそも人間関係というものがよく分かっていない彼女にとっては、人種差別など異次元過ぎる話で、助言のしようがなかったのだ。
ワルツが考え込んでいると、彼女に向かって、周囲にいたルシアとテレサ、それにアステリアから、期待の込められた視線が向けられる。ルシアたちは狐の獣人。彼女たちがどんなに良い言葉を繕っても、人族では以上、ハイスピアの憂いを拭うことはできないと皆分かっていたので、彼女たちにはワルツにすべてを託そうと考えていたのだ。
「(ちょっと、テレサ?貴女、尻尾と耳を取って、人間っぽい格好で何か言いなさいよ。それ、どうせ飾りでしょ?)」
「?」
「(……ダメか。視線だけじゃ通じないわ……)」
シレッと獣人側の立場に付いているテレサに恨めしそうな視線を向けた後、ワルツはハイスピアに向かって、自分なりの答えを口にした。
「もう、差別するとか言っている人のことを逆に差別しましょ。うん、それしか無いわ?マジョリティ?知ったこっちゃないわね」
そんなワルツの発言に、直前まで期待を込めた表情を見せていたルシアたちが、どんな表情を浮かべたのかは敢えて言うまでも無いだろう。
ワルツらしさなのじゃ。




