14.5-04 学生生活4
「……ア嬢。お主、また、ハイスピア殿に酷いことをしたのではあるまいな?」
「えっ?ちょっと、それどういう意味かなぁ?今までにもハイスピア先生に何か酷いことをしたことがあるかのような言い方だけど?」
「ハイスピア殿があんな風になるのは、精神的なショックを受けた時なのじゃ。で、それを出来るのは、ここにおるメンバーではア嬢くらいしかいないゆえ、こうして問いかけておるのじゃ」
「えへへ」ゆらゆら
一応、挨拶は出来るようだが、左右に揺れながらとても幸せそうに笑みを浮かべるハイスピアの姿を見て、テレサは溜息を吐きながら、ガックリと肩を落とした。テレサとしては、今のハイスピアの精神がどんな状態にあるのか予想が付いたらしい。……眼前に突きつけられる受け入れがたい出来事から自身の心を守るために、幸せだったころの幼い精神に戻ってしまったのだろう、と。
そんなハイスピアの心理状況を、ルシアも何となくは理解していた。しかし、本当にそうだとしても、彼女としては自分のせいにされることに納得はできなかったようである。
「そんな事……ありえないよ。だって、今日はまだ、教室以外でハイスピア先生とは会って無いし、そんなに強い魔法も使ってないし」
「ふむ……それもそうかの……」
「(いやいや、さっき冒険者さんたちを転移魔法でどこかに飛ばしていましたよね?!)」
2人の会話を側で聞いていたアステリアとしては、色々と突っ込みどころ満載で、口出しをしたくて堪らなかったようである。しかし、結局彼女は、突っ込まなかった。藪蛇な気しかしなかったらしい。
それはワルツも同じだった。というより、そもそも彼女は——、
「(2人とも何の話をしているのかしら?)」
——ハイスピアが普段と異なる反応を見せていることにすら気付いていなかったようである。
ゆえに、ツッコミ不在のやり取りがその場で展開されるのだが、そんな中、ルシアがふと何かを思いだしたように声を上げた。
「あ、そうだ!黒い虫!!」
不意に自分がつい先ほどまで殺意を抱えていたことを思い出したらしい。ルシアはギュンと音が鳴りそうな勢いで、部屋の片隅へと殺意を向けた。するとそこにはカサカサと蠢く、黒光りが特徴的な昆虫の姿が……。
その姿を見たルシアが、誘導弾の一つでも放ってやろうかと、超圧縮魔力弾の準備を始めると、黒い虫とルシアの視線が交錯する。
『おっと残念ですが、これは僕です。本物の虫は逃げてしまいました』
「……ちっ」
「ア、ア嬢が黒いのじゃ……真っ黒なのじゃ……。ワルツよ。ア嬢が反抗期かも知れぬ」
と、舌打ちするルシアに言い知れぬ不安を感じて、テレサはワルツに助けを求めようとする。そんな無茶振りにワルツが眉を顰めていると——、
チュィィィン……ズドォォォォン!!
——教室の中に一条の閃光が駆け抜け、壁に大きな穴を開けた。具体的には、先ほどまでポテンティアが張り付いていた壁に、だ。
爆風と爆音を感じたワルツとテレサは、爆発音が聞こえた方は見ずに、深く溜息を吐いた。ルシアが我慢しきれずに魔法を打ち込んだと考えたのだ。
だが、どうやら今回に限っては、ルシアが犯人ではなかったらしい。ルシアは自分の魔法が発動していないのに聞こえてきた爆音に戸惑い、何度も自分の手と壁との間で視線を行き来させていたようである。
そんな時だ。
「ころすころすころすコロス……」
——教室の中にいたとある人物から殺意が噴き出したのは。
呪詛を口にしていたのは、人として壊れていたはずのハイスピアだった。どうやら、彼女にとって黒い虫というものは、例え心を病んでいようが関係無しに、この世界から絶滅させなければならない抹殺対象だったようである。




