14.4-37 学生デビュー37
テレサのおかげでどうにか和解出来た(?)アステリアとカタリナは、村へと戻るべく、森の中を疾走した。アステリアは獣の姿で木々の間を駆け抜け、カタリナは自身の足を使って移動するという形だ。その際、カタリナの姿を見ていたアステリアは確信する。……この人、人間じゃない、と。
カタリナの1歩は、50mくらいの大ジャンプで、障害物であるはずの木々も、どういうわけか彼女の事を避けるように変形したのである。もはや、人の姿をした砲弾のようなものだ。その姿を見ていたアステリアは、また逃げ出しそうになったようだが、逃げ切る事はできないと思ったのか、大人しくカタリナの横を併走したようである。
荒い網の目のように複雑に絡み合ったツタや木の根の隙間をすり抜けながら、アステリアがカタリナにむかって問いかける。
『あの……カタリナ様?さきほどはどうして私のことを襲うとしたのですか?』
「いえ、最初から襲うつもりなどありませんでしたよ?」
『えっ……』
「アステリアさんのような種族は初めて見るので、とても興味が湧きましたが、無理矢理襲って解剖するほど、私はマッドなサイエンティストではありません」
『解剖だなんて……私、一言も言っていないのですが……』
「…………」
森の中を走りながら、カタリナが黙り込む。まるで墓穴を掘ってしまったことを後悔するかのような雰囲気を放っていたようだが、実際の所は不明だ。普通の人間であれば、彼女ほどのハイペースで走ると、風の音で話し声がよく聞こえなかったり、息切れをしたりするので、アステリアもそれほど深くは考えなかったようである。……一部、思考の停止はあったようだが。
そのせいか、2人の間で会話が途切れる。コミュニケーション能力に難のあるワルツなら、恐らくは精神的に耐えられないだろう静寂がその場に広がった。
アステリアも、何か喋るべきではないかと考えるのだが、彼女にとってカタリナという人物はまったくと言って良いほど未知の人物だったこともあり——、
『(何か話さないと。でもカタリナ様って、どんなご趣味を……あっ……何となく想像が付きます。普段どんな事を……あぁ……これも想像が付きます。どんな事に興味を持っているのかも、何となくですが想像が付きます)』
——未知の人物ではあったが、ここまでの言動から、カタリナがどんな人間なのかは想像が付いていたようである。しかし、どんなことに興味を持っているのか分かったところで、それをネタに話せるかというと、そういうわけでもなく……。アステリアとしては、カタリナと何を話せば良いのか、結局分かず終い。まさか、生物の解剖について話題にするわけにもいかないのだから。
アステリアが黙っていると、カタリナの方が先に口を開いた。
「アステリアさんは、正体のことをワルツさんたちに明かしたのですか?」
『えっ?そ、それは……』
「明かしていないようですね。明かしても嫌われるとか、そういったことは無いと思いますよ?」
『…………』
アステリアが話のネタに詰まっていると、カタリナが逆に問いかけた。それは、アステリアが日々の生活の中で特に気にしていること。彼女最大の悩みと言えるものだった。
会って間もないどころか数時間と経っていない人物からその問いかけが来るとは思っていなかったアステリアは、返答することも忘れて戸惑ってしまう。これまで長い間、人の姿で生きてきた彼女は、いまさら元の姿を人前に晒すなど毛頭考えていないことだったのだ。ようするに彼女は、ワルツたちに正体を明かすつもりも無く、可能ならこのまま獣人としてずっと生きていくつもりだったのである。
アステリアが黙り込んでいると、カタリナも何かを考えてから口を開く。
「心配されなくても大丈夫ですよ?私だって、正体が分かったとき、ワルツさんたちはちゃんと受け入れてくれたのですから」
カタリナのその言葉を聞いたアステリアは、複雑な気持ちだった。正体を隠すこと無く——つまり自分を偽ること無く生活しても良いというのは、やはり魅力的なことだったからだ。
なお、もう半分ほどの気持ちが、自分の事ではなく——、
「(カタリナ様って……ほんと、何者なんだろう……)」
——というカタリナへの疑問だったのは仕方の無いことか。




