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14.4-36 学生デビュー36

 狐か、とカタリナから問われたアステリアの頭の中は真っ白だった。理由は2つ。絶対的強者とも言えるカタリナに追いつかれてしまったことと——、


   フサァ……


——いつの間にか人の姿では無くなっていたこと。その2つの事実がアステリアのことを追い詰めていたのだ。


 そう、彼女は元々、人ではなかったのである。全身真っ黒な大きな狐の化け物。それがアステリアの正体だった。


 カタリナを前に、アステリアは焦った。このままでは、自分は間違い無く実験動物にされる……。自分に向かって人に向けるものとは思えない視線を向けていたカタリナを前に、アステリアはそんな直感を抱かざるを得なかった。


 ゆえにアステリアはその場から逃げ出そうと思うものの、黒い毛に覆われたその足は、まるで影に縫い付けられたかのように動かず……。手も腰も、そして耳の先まで、恐怖のあまり硬直するばかり。


「(逃げなきゃ、逃げなきゃ、逃げなきゃ、逃げなきゃ!!)」


 頭では逃げなければならないと分かっているのに、しかしなぜか身体が動かなかったアステリアは、身体を締め付ける恐怖という名の蔓から抜け出せずに、ただ藻掻くしかできなかった。


 あと何秒後にカタリナの手が自分に届くのだろう……。実時間にしてたったの数秒間が、無限なのか、それとも一瞬なのか分からなくなるほど混乱した頃。


   ズドォォォォン!!


 突然、アステリアとカタリナとの間の地面が爆散した。


 真っ暗な森の中、激しい土埃が上がるクレーターの中でノソリと立ち上がったのは——、


「……カタリナ殿。それはダメなのじゃ。狐に手を出すのだけは良くないのじゃ」ブゥンッ


——まさかのテレサだった。彼女は憤りを隠さずに、カタリナの前に立ち塞がる。


 その様子を見たアステリアは、救われた気持ちになった。テレサはよく知っている人物であり、そんな彼女がカタリナから自分を守ってくれるように見えたのだ。味方がいない状態で追い詰められていたアステリアにとっては、簡単には言葉に出来ぬほどの大きな援軍のように思えていたようだ。


 ただまぁ——、


「狐はモフるものであって、実験動物にするものでは無いのじゃ!」


——彼女の発言は意味不明なもので、アステリアには理解出来る言語(?)ではなかったようだが。


 しかし、アステリアとしては、テレサに頼るほか選択肢は残されていなかったので、その大きな身体をテレサの背中に隠そうとする。


『テ、テレサ様!助けて下さい!』


 そう言って、アステリアが、テレサの背中に鼻をくっ付けた——その瞬間だった。


「……へ?」ぞわっ


 テレサの尻尾がパンパンに膨らんで、彼女はその場でピタリと固まった。そして、ギギギギギ、という擬音が聞こえてきそうな様子で後ろを振り向いて、さらにはプルプルと震えながら、テレサはアステリアへと問いかけた。


「お、お主まさか……ア、アステリア殿かの?!」


『えっ?は、はい!アステリアです!』


 その途端、テレサは酷く残念な様子で「はぁ……」と溜息を吐いた。膨らんでいた尻尾も、どこかしょんぼりと縮んでいて、まるでアステリアへの興味が失せたかのようだった。


 実際、彼女はその場からトボトボと歩いて立ち去りながら、こう口にする。


「どこかに普通の狐はおらぬのじゃろうか……。これほどまでに妾は普通の狐を欲しているというのに……」しょんぼり


 そしてテレサは、「ほれ、ポテ公。帰るのじゃ?」と言って、本当にその場から本当に去って行った。


『ちょっと待って下さいよ。アステリアさんの事、どうするんですか?テレサ様ー?』


 ポテンティアも、カサカサという音を立てながら、テレサの後を追いかけていく。


 その結果、アステリアとカタリナだけがその場に残されるのだが……。


『あれ、何なんですか?』

「……あれは、ああいうものです」


 幸いと言うべきか、何と言うべきか……。アステリアとカタリナとの間にあった弱肉強食の関係はすっかりと消えていて、2人は去って行ったテレサたちの背中に、何とも表現しがたい微妙そうな視線を向けたのであった。

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