14.4-32 学生デビュー32
家に帰る一本道——片道30分の長大な陸橋を歩きながら、ともに歩いていた妹たちに対して、ワルツは問題を提起する。
「やっぱさー、冒険者たちが攻めてくるって、ヤバくない?いつ来るか分からないし、学院が戦場になるかも知れないのよね?しかも、さっきの連中、多分、歩いてきたわけではないでしょ。転移魔法よ?きっと。まぁ、話では長距離の転移魔法が使える人ってそんなにいないって話だから、あまり気にしなくても良いのかも知れないけれど……」
ワルツがいつも通りに取り留めなく心配事を口にすると、他の3人も話題に乗る。
「長距離の転移魔法は使われなくても、警戒は必要だよね?」
「ア嬢の魔法を使って警戒出来ぬのかの?」
「魔法を飛ばして周囲を見張るっていうのは出来るけど、ずっと見てるっていうのは無理だね。その間、何も出来なくなるし、寝られなくなるし……」
「では、私たち獣人が警戒して回る……とか?」
「危険じゃないかしら?連中、いきなり襲ってくるかもしれないしさ?さっきみたいに」
どんな方法で警戒するにしても、今のワルツたちだけではどうにもならなそうだった。ルシアが警戒するにしても、アステリアたち獣人が歩哨をするにしても、学院に至る広大な森を隈なく警戒するというのは明らかに人手不足。しかも、彼女たちには学業があるので、四六時中、冒険者たちの警戒に注力するというのはやはり現実的ではなかった。
なら、どうすれば良いのか……。
「センチネル的なやつがあると良いんだけどね。ポテンティアみたいなやつ。でも、ポテを呼んだら、それはそれで大変なことになりそうだし……」
エネルギア級空中戦艦の2番艦ポテンティア。その船体は無数のマイクロマシンで出来ており、マイクロマシンごとに各種感覚器と通信機能が付いているので、船体をバラバラに分解して辺り一帯にばらまけば、広大な地域の監視が出来上がる、というわけである。
ただ、ポテンティアの性格的に、大人しくしているという事は無く……。基本的にフリーダムなので、彼がいる地域では大問題が生じる可能性が高かった。具体的には"黒い虫"を大量に見かけるという問題が……。
「他、何か良い案無い?」
ワルツが首を振って、皆に他の案を促すと、今度はテレサが口を開く。
「コルの"マクロファージちゃん"シリーズを使うという手もあるかの」
コルテックスが作った人工魔法生命体マクロファージ。彼らもポテンティアと同じく、身体をバラバラにする事が出来た。しかも彼らは転移魔法が使える上、障害物に関係無く透過して移動出来るので、歩哨として使うには最適だと言えた。
問題は、その見た目と強さだろう。一言で表現するなら、アンデッドスライムである。どんなに攻撃しても、彼らにダメージを与える事は出来ず、逆に攻撃を加えてきた者たちを一方的に蹂躙するという恐ろしい魔法生命体なのだ。一応、ある程度、思考のプログラムは出来るようだが、今回の件に使えば、レストフェン大公国全域で、冒険者たちの失踪事件が多発するに違いない。
「いやぁ……あれはあれはヤバいでしょ。きっと冒険者たちの夢に出てくるわよ?よく分かんないけど……」
ワルツはそう言って首を振りながら、思考をリセットした。その際、事情を知らないアステリアが、酷く困ったような表情を浮かべていたようだが、"夢に出てくる"というワルツの言葉を聞いて、顔を青ざめさせていたようである。もしかすると、彼女は、獣人族の間で言い伝えられているようなトンデモない化け物を想像したのかも知れない。
そんなアステリアを横目に、ワルツは言葉を続ける。
「実現したいことは、冒険者が学院に来ないようにする事よ?対処方法はいくつかあって、一つは真っ向から冒険者たちを撃退すること。あと——」
ワルツがそう口にすると、アステリアが、ぱぁっ、と笑みを浮かべて声を上げた。
「分かりました!冒険者ギルドを滅ぼすのですね!」
「……アステリア?私たちがそんな乱暴なことをするように見える?」
「えっ……違うのですか?」
「……違わなくもないけど……できるだけ、そういった荒事はしたくないわね」
「そうですか……」
と、残念そうに肩を落とすアステリア。どうやら彼女は、冒険者たちに怖い思いをさせられたことがあるらしく、冒険者ギルドがなくなれば良いと思っているらしい。獣人ゆえに迫害された経験でもあるのだろう。
「……もしかして、アステリアって、冒険者に恨みでもあるの?」
「いえ、恨みはありませんが、消えてしまえば良いとは思っています」
「それを恨みって言うんじゃ……まぁ良いけど……」
頑なに否定するアステリアを見て、何か事情でもあるのだろうと察したワルツは、それ以上、冒険者そのものに触れるのを避けて……。話題を冒険者たちへの対策に向け直した。
しかし、ミッドエデンの誰かをレストフェン大公国まで連れてくるというプランはあまり良策とは言えず、だからといってジョセフィーヌたちを放置しておけばいつ冒険者たちが襲い掛かってくるとも知れなかったので……。ワルツは妥協案の一つを選択する事に決めたのである。




