14.4-29 学生デビュー29
テレサが言霊魔法を行使する直前、冒険者の1人——具体的には魔法使いの男が、顔色を変えて、慌てて反応する。彼にはテレサを中心に渦巻き始めた魔力が見えていたらしい。
「ダメだ!潮時だ!逃げるぞ!」
そう言って彼が行使しようとしたのは転移魔法。そしてあと少しで魔法が発動するか否かのところで……。テレサの言霊魔法が炸裂した。
「"そこの男よ!全身肉離れになるのじゃ!"」
次の瞬間——、
「ギャッ——」
——男は断末魔の声を上げながら、虚空へと消えた。彼の仲間たちも一緒だ。ただし、悲鳴を上げたのは一番前にいた1人だけで、他の2人は驚きの表情を浮かべたまま、この場を去って行ったようである。
3人の冒険者たちが消えた途端、その場に漂っていた妙な雰囲気が消え去る。行動と思考が阻害される幻影魔法のフィールドが解除されたのだ。
結果、ルシアとアステリアが、慌てた様子で大講義室へと駆け込んできた。2人に掛かっていた幻影魔法も解除されたらしい。
「ジョセフィーヌさん!」
「だ、大丈夫ですか?!」
駆け込んできたルシアとアステリアが向かった先は、大講義室の中でも最も低くなっている場所。意識無くグッタリと地面に伏せていたジョセフィーヌの所だった。他には騎士たちも意識無く横たわっていたのだが、2人は彼らに目もくれなかった。同居人であるジョセフィーヌのことが心配だったらしい。
そして辿り着くや否や、ルシアはジョセフィーヌに回復魔法を行使しようとするが——、
「……いや、ジョセフィーヌ殿は怪我をしておらぬ。それより、他の騎士たちの治療を優先すべきなのじゃ」
——テレサが首を振ってルシアを止めた。
「えっ?どういうこと?」
「妾の尻尾を見れば分かるじゃろ?」
「……不潔。テレサちゃん、ホント、不潔!」
「い、いや、誤解なのじゃ!ジョセフィーヌ殿の手の甲に口づけをしただけなのじゃ!挨拶でもするじゃろ?手の甲へと接吻。妾自身がするのは初めてじゃが……まぁ、誤差なのじゃ!誤差!」
テレサが慌てて言い訳を口にした。すると、ルシアは「本当かなぁ?」と疑い深げに言いつつも、それ以上、テレサに反論するような事はしなかった。これ以上、テレサの事を突くと喧嘩になる気しかしなかったらしい。
それから3人は、騎士たちを治療して回るのだが、幸い、命を落としている者はいなかった。とはいえ、皆重傷どころか、重体だ。もしもルシアがこの場にいなければ、2、3人死んでいたかも知れない。彼女の圧倒的な魔力を込めた回復魔法は効果抜群で、皆、ビクンビクンとのたうちながら、どうにか一命を取り留めていたようである。
「……もう少し優しく回復魔法を使えぬのかの?お主の回復魔法は、精神衛生上よろしくないのじゃ……」
「えっ?もっと魔力を弱めたら、効かなくなるんじゃないかなぁ?」
「いやいや、どう考えてもオーバーキルならぬ、オーバーヒールなのじゃ。今の半分の半分の半分の半分くらいの魔力でも十分過ぎる効果があると思うのじゃ」
日に日にルシアの魔力が強くなってきているのではないか……。そんな一抹の不安を覚えながら、テレサは気になっていたことをルシアたちに問いかけた。
「ところでワルツは?」
「お姉ちゃんは……」
「ワルツさんは……」
そう言って3人は、先ほど入ってきた入り口の方を向いていた。するとそこには、意識の無いミレニアと、騎士団長のバレストルを肩に担ぎながら、扉の影に隠れつつ、じぃっ、とテレサたちの事を覗き込むワルツの姿が……。どうやら、彼女は、部屋に入るタイミングを見失い、入るにはいられなくなっていたようである。いつも通りの反応と言えるだろう。




