14.4-28 学生デビュー28
冒険者たちの前に立ってジョセフィーヌを守りながら仁王立ちしていたテレサは、実のところ内心でビクビクとしていた。なぜなら、今の彼女は虚勢を張っている状態なのである。彼女は圧倒的な防御力を有する一方、攻撃手段といえる言霊魔法も幻影魔法も魔力不足で使えない状態だったので、そこを突かれる——具体的にはいないものとして無視されれば、ジョセフィーヌのことを助けられなかったのだ。
ゆえに、彼女に出来る事は2つ。助けが来るまで虚勢を張って自分が強いと相手に思わせ続けるか、あるいは部屋を包み込む幻影魔法を解除するかのどちらかだった。確実にジョセフィーヌを助けるなら、2つの選択肢を両立するのが良策といえるだろう。
「(どこじゃ?!幻影魔法の発生源は……)」
テレサは真っ直ぐに冒険者たちのことを見つめて警戒しながら、視線を動かすことな、部屋の中に怪しいものが無いかを探した。珍しいタイプの幻影魔法で人払いを行っていたので、冒険者たちが魔道具か何かを使っているのではないかと考えたらしい。
その際、ただ睨むだけでは怪しまれると思ったのか、テレサは冒険者たちに向かって問いかける。
「しかし、なぜお主らはジョセフィーヌ殿を襲おうとする!まさか、冒険者ギルドが依頼を出したとは言わぬじゃろ?」
ギルドが政府の要人を襲うような依頼を許可するはずはないのだから、何か他に理由があるはず。例えばギルドとは関係の無い非正規のルートで、直接的に誰かから暗殺依頼を受けたのではないか……。おおよその見当を付けて質問を投げつつ、周囲の探索をしようと試みるテレサだったが、まさかの返答を聞いて、耳を疑ってしまう。
「その通りだ。国を他国に売ろうとしていた大公様を、皆でやっつけろとのお達しだ」
「嬢ちゃん、学生だろ?悪いことはいわねぇから、そこをどきな。俺たちがここにいるのは、言ってみりゃ政府の命令みたいなもんだから、それに抗う嬢ちゃんもただじゃすまなくなるぜ?」
「我々としても、見所のある学生を殺すようなことはしたくないのでな」
「いや……つい先ほど、何も言われずに殺されそうになったばかりなのじゃが……」
テレサは内心で「この冒険者たちは何を言っておるのじゃ」と首を傾げながらも、会話の内容には驚いていた。まさか、冒険者ギルドが、ジョセフィーヌの殺害を認めるとは思ってもいなかったのだ。
本来、冒険者ギルドとは、中立の組織である。政治的な介入をする事もなければ、介入されることもない独立した組織であり、自由と冒険を求める荒くれ者たちが集うゆえに誰かに縛られることを酷く嫌う者たちが作り上げた組織のはずだった。
ゆえに、政府から受ける依頼は、魔物討伐の依頼や、護衛の依頼など、直接政治に関わらないことばかり。今回のように大公ジョセフィーヌを暗殺するというような依頼は、本来ありえないことだった。これがジョセフィーヌのことを救出するというのならまだしも、である。
「冒険者ギルドがそんな依頼を出すはずはなかろう!何かの手違いではないのか?!」
どこかのドジな冒険者ギルドの担当者が、依頼書を書く際、ジョセフィーヌの"救出"を、間違えて"殺害"と書いただけなのではないか……。テレサは実際にそんな経験をしたことが無くもない事を思い出しながら問いかけるも、しかし、そういうわけではなかったようである。
「元大公様は逆賊なんだから、手違いも何も、あったものじゃないだろ?」
「当然の報いだな。この国の多くの連中が、元大公様の死を望んでると思うぜ?」
「……そろそろお話はお終いだ。あまり時間を掛けすぎると、幻影魔法を越えて他の連中がやってきかねん。それこそ、こいつのようにな」
魔法使いと思しき男がそう口にした瞬間、テレサは確信する。
「(魔法を使っておるのはこやつじゃな?)」
そしてテレサは考え込んだ。……幻影魔法は魔法使いの男が使っているというのなら、彼の意識を乱せば、魔法が解除されて、外にいるルシアが再び戦えるようになるはず。そのためにはどうすれば良いのか……。
「(タックルは……ダメな気がするのじゃ。ものをぶつけるのも妾には無理なのじゃ。ああ!こういう時に何か武器でもあれb……あ……一つだけ方法があったのじゃ……)」げっそり
テレサは最良の手段を思い付いた。しかもその方法は、思い付いた彼女が思わず脱力してしまうような内容だったようだ。
「ジョセフィーヌ殿。お手を拝借」
「えっ?」
ジョセフィーヌの手を取ったテレサは、迷うことなく、彼女の手の甲に口づけした。すると——、
「あうっ……」ガクッ
——ジョセフィーヌは意識を失い、崩れ落ちてしまった。テレサに魔力を吸い取られた結果だ。
ようするにテレサは、ジョセフィーヌの魔力を吸い取って、自身の魔力を回復させたのである。そうすれば、冒険者たちに対抗出来ると考えたのだ。
テレサの腰から生えていたネズミのような細い尻尾が、ふっくらとした3本の尻尾に変わった様子と、ジョセフィーヌが崩れ落ちた様子を見て、男たちは大混乱に陥る。彼らには、テレサがジョセフィーヌのことを裏切ったように見えたのだ。にもかかわらず、テレサは男たちに敵意をむき出しにしていたのだから、混乱して当然だと言えた。
「何か来るぞ!すごくゲッソリとした顔だ!」
「なんじゃそりゃ……」げっそり
魔法使いの男が上げた声を聞いて、テレサは尚更にゲッソリフェイスを浮かべてから、背中にあるコウモリ風の羽をパタパタと動かしながら、ニヤァと暗い笑みを浮かべて……。そして言霊魔法を行使したのである。




