14.4-27 学生デビュー27
キンッ……
「……痛いのじゃ」すりすり
テレサの額に刺さるはずだったナイフは、しかし彼女の皮膚を傷付ける事もなく、金属同士がぶつかるような音を立てた後で、クルクルと回転しながらどこかへと飛んでいってしまった。彼女の額はナイフでは傷つくことはないが、木の枝などで擦り傷はつくという不思議な作りになっていたのである。なお、テレサ本人は原理を知らない。すべてはコルテックスによる魔改造の賜だからだ。
何故自分は無傷なのか……。テレサは額をスリスリと撫でながら考えるが、状況は良いとは言えなかったので、すぐに思考を元に戻す。なにしろ彼女の目の前には、怯えるかのように身を縮めるジョセフィーヌの姿があったからだ。
「ジョセフィーヌ殿!大丈夫かの?!」
「テ、テレサ様!後ろ!後ろです!」
「後ろ?またまたー。そういうフラグは——」
ズドォォォォン!!
テレサの首に激しい衝撃が走る。それと共に、彼女の視界に何か銀色の棒のようなものが映り込んだ。大剣だ。
「……首が痛いのじゃが?」じとぉ
またもやテレサは揺らぐことなく、首の皮膚だけで剣を受け止める。もちろん傷一つ付くことはない。
テレサは不機嫌そうな表情を浮かべると、ゆっくり後ろを振り向いた。すると、机の仕切りに隠れて見えていなかったのか、見知らぬ者たちの姿が見えてくる。
それは暗殺者、ではなかった。公都からやってきた騎士たち、でもない。ましてや魔物でもなければ、学生でも、教員でもない者たち。
「嘘だろ?!こいつ、化け物か?!」
「明らかに化け物だろうな。獣人が魔剣を首で受け止めるとか聞いた事ねぇし」
「何を手を止めている!今がチャンスだ!押し通れ!ここで逆賊の首を逃がせば、二度と機会は無いかもしれん!」
男たち3人組で構成された冒険者らしき集団だった。大剣を持つ前衛役の男と、短剣を手にしながら弓を背負う男、それに魔法使いと思しき男の3人組が酷く警戒した様子で、テレサの前に現れる。
「お主ら、急に斬り掛かってくるとか、少しばかり頭がおかしいのではないかの?まぁ、ここにおった騎士たちやジョセフィーヌ殿を襲っておる時点で、頭がおかしいのは確定しておるが……」
そう口にするテレサだったものの、男たちが反応した様子はない。テレサに大剣をたたき込んでいた冒険者Aが、今度はそのまま、大剣を引いたり押したりして、鋸のように彼女を斬ろうとする。
「ダメだ!こいつ斬れねぇ!」ごりごり
「ちょ、ちょっ?!痛いからそういうの止めるのじゃ!あ゛あ゛あ゛あ゛っ?!」
「効いてるぞ!」
「いや、効いてねぇ……あれは演技だ!」
「仕方ない……。ターゲットごと魔法で吹き飛ばす!離れろ!」
男の1人が呼びかけた瞬間、ほかの2人が凄まじい身体能力でその場から飛び退く。恐らくは筋力強化の魔法でも使っているのだろう。階段の上まで20mほどあるというのに、ジャンプ1回で飛び上がってしまった。
「息を大きく吸え!」
「あれをやるのかよ……」
「はぁっ……ぷ!」
そして——、
ズドォォォォン!!
——男が何かを唱えた瞬間、テレサの額で何かが弾けた。……ような気がした。
「……ん?何かしたかの?」しゅぅ……
「「「んなっ?!」」」
「ふん!どんな魔法を唱えようとしたのかは知らぬが、日頃からもっと恐ろしい魔法を受けておる妾にとっては、お主らの魔法などそよ風同然なのじゃ!」どやっ
と口にするテレサに起こった現象を正確に説明すると、彼女は間違いなく額で強力な火魔法を受ける事になった。それは事実である。しかし、普段からルシアの超強力な魔法を受けているテレサの基準から見れば、冒険者からの魔法など、そよ風同然。焦げることすらなかったのである。
結果、冒険者たちは思わず後ずさってしまう。当然だ。ジョセフィーヌたちのことを追い詰めて、あと一歩でミッション達成だったはずの彼らにとっては、人の形をした戦車のようなものが現れたに等しいのだから。
学生って大変じゃのう……。




