14.4-26 学生デビュー26
大講義室は、縦横が50メートルほどの扇型で、机は階段状に並んでおり、一番低い場所に黒板と教壇があるという生徒たちが見下ろせるような構造をしている部屋だった。入り口は階段の上の方にあり、教壇がある場所が部屋の一番奥に当たるという位置関係だ。今は少しだけ構成が変わっており、教壇は取り払われていて、代わりに大きな机が運び込まれていた。その上には山のような書類があり、国中から集められた今の情報が書き示されていたようだ。紛れもなく、国家機密級の情報である。
機密書類が存在するというだけでも、この大講義室に結界を張って、余計な者たちが近付かないようにする意味があると言えた。しかし、どうやら、人避けの結界を張ったのは、部屋を間借りしているジョセフィーヌたちではなかったようだ。
ドシャァァァッ!!ドンッ!
「がはっ?!」
「?!」
テレサが大講義室の扉を開けた途端、中から人が飛んでくる。比喩ではない。テレサの所へと、放物線を描いて、大男が背中から飛んできたのだ。その手に握られていた剣は、真ん中から真っ二つに割れ、もはや剣として意味を成さないことは誰の目に明らかだった。
その剣を持っていた大男は、近衛騎士団長を務めるバレストルだった。全身ボロボロで血まみれの彼は、かろうじて生きているという状態で、今すぐ死んでもおかしくない状態だった。まさに満身創痍だ。テレサに背中から衝突した彼は、壁に当たるかのようにずり落ちると、そのまま動かなくなってしまう。
そんなバレストルの直撃を受けることになったテレサは、ミレニアの時のように倒れ込むことはなかった。人間では考えられないほどの大重量をもつ彼女は、身構えてさえいれば、巨漢のバレストルが斬り掛かってようと、タックルしてこようと、あるいは飛んでこようと、微塵も揺るがないのである。"ルシアの盾"と比喩されるだけのことはある防御力を誇っていた。
「ったく、どこを見ておるのじゃ!これが妾でなければ……って、死んでる?!」
「いや、生きてるから」
突っ込んできたバレストルをよく見ると重傷を負っている事に気付いたテレサは、少しだけ慌てるものの、ワルツの指摘を受けてすぐさま冷静さを取り戻す。ちなみに彼女が慌てていたのは、飛んできたバレストルが傷だらけだったことに対して、ではない。自分がバレストルのことを轢殺してしまったかも知れないと心配したのだ。
一方、衝突の様子を端から観察していたワルツは終始冷静だったようだ。すぐさま状況を判断すると、テレサに向かって指示を飛ばす。
「テレサ!ジョセフィーヌを守りなさい!」
ワルツの位置から部屋の中を見ることは出来なかったが、ジョセフィーヌが危険な状況である事は確実だった。バレストルは、ジョセフィーヌの剣であり盾なのである。彼が戦うとすれば、ジョセフィーヌを守ろうとして戦った事以外にありえないのだから、彼が飛んできたのは、何か強大な力をもつものと戦っているからだとしかワルツには考えられなかった。
対するテレサは、言われるがままに部屋へと入ろうとするが、しかし、すんでの所で立ち止まった。そして、とても困ったような表情を見せながら後ろを振り向き、ワルツに向かってこう口にする。
「……妾、今日の分の魔法をすべて使い果たしたばかりなのじゃが……どうやって戦えば良いのじゃ?というか、ワルツが行くのが適切ではなかろうか?」
悠長なテレサを前に、ワルツは肩を竦める。
「いいから行きなさいって。だってほら、私は意識の無いミレニアとか、幻影魔法の中で朦朧としているルシアとかアステリアとかを守らなきゃならないじゃない?動けるのって貴女しかいないんだから、貴女がやるしかないのよ!気合いよ?気合い」
「気合い……気合いのう……」げっそり
気合いが入っていそうな表情とは真逆の無気力そうな表情を浮かべながら、テレサは部屋の中へと突撃した。
そして彼女が階段を下りながら見たものは、生きているかも分からない状態で地面に伏せる近衛騎士たちの姿と、黒板の前で後ずさるジョセフィーヌの姿。そしてなにより——、
ギュゥンッ!!
——自分に迫り来る銀色の塊の姿だった。その塊は、テレサから見て、酷くゆっくりと縦回転しながら、自身の額へと吸い込まれるように飛んできていて……。彼女が見る限り——、
「(あっ、妾、死んだのじゃ)」
——死を感じざるを得ない物体だった。投げナイフ……。そうテレサが物体を認識した直後、彼女の額に鈍い感覚が伝わってきた。
完!




